オーブと君の笑顔

□第2章 妹
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キサカはある氏族の邸宅を訪れていた。
アンティークショップの届け物をするという名目で、氏族の有力者である髭の大将に面会するためである。

客室に通されてからずいぶん待たされていることに苛立ちを感じながら、キサカはひざの上で指をトントンと揺らす。
心の中にあるのは昔からそりの合わない髭の大将への嫌悪感。
(俺を待たせてもお構いなしか)

思えば、自分と大将は初めの出会いからして最悪だった。
初対面の時、髭の大将がキサカへと向けた言葉はこうだ。
『ウズミは、このどこの馬の骨とも分からん外国人に娘の傍を任せようと言うのか』

その後事あるごとにキサカは嫌味を言われ続けている。
『カガリが男勝りなのはキサカの様な粗暴な男が姫のお守りをしているからだ』

髭の大将とのいい思い出などひとつも無い。
『キサカが気軽に子連れで軍部に入り浸るから、カガリが武器を扱うようなおなごに育ってしまったではないか』

やたらと目の敵にされてきた・・・
『貴様、カガリがなついているからといっていい気になるなよ!?』

(・・・ん?)
ここでふと気づく。
今まで髭の大将がキサカへ言った苦言は、ほとんどカガリに関する事だった。

カガリへの態度こそ辛辣であれ、髭の大将の言動は全てカガリを思うが故のもの。
そう思えるからキサカも嫌悪を感じつつも彼を信頼し、今回訪問するに至ったのだ。
(髭のじいさん、カガリを気に入っているのは間違いない・・・だからって、なんで俺に手厳しいんだろう)

その時、ガチャリと重厚なドアが開き、不機嫌を隠そうともしない髭の大将が応接室へ入ってきた。
キサカはソファから立ち上がり、老人が席に着くのを待つ。

ドサッとソファに座り込んだ髭の大将はしかめっ面で文句を言った。
「お前が独りでワシを訪ねるなんぞ、晴天の霹靂だ。ただ届け物をしにきたわけではあるまい。何用だ」

短刀直入切り込んできた老人に、回りくどい挨拶は無用だとキサカは判断した。
「はい。お察しのとおりです。代表の事でお願いがあり伺いました」

代表という言葉を聞いて、老人の表情から嫌悪感が消える。
「カガリ様は、何かお困りか?」
老人がキサカに席に座るように促した。

ソファに腰を下ろしたキサカは真っ直ぐに老人を見る。
「あの子の力になっていただきたいのです。アスラン・ザラのことです」

髭の大将は拍子抜けしたように、ソファの背もたれに身を預けた。
「なんだ、そのことか。ワシはもうカガリ様と准将の付き合いに反対しておらん」

キサカもホッとして肩の力を抜く。
「ありがとうございます。二人が婚約の運びとなる際は是非ザラ准将の後ろ盾になっていただければと・・・」

「無論だ、ザラ准将には世話になった」
大将の奥方の忘れ形見・アンティークオルゴールの修理をアスランは手伝ったことがある。
義理堅い老人の准将に対する嫌悪感は以前より薄らいでいた。

「だが気にくわん」
面白くなさそうに髭の大将は少し目を細めた。
「キサカ・・・お前、心からお二人を祝福しておるようだな」

「は?」
髭の大将の意外な言葉に、キサカの繕っていたポーカーフェイスが崩れそうになる。

「ウズミは少なからずお前にカガリ様の傍を任せる気でいた」
髭の大将の羽衣着せぬ物言いが炸裂する。
「本物の身内のようにお前を傍に置き、カガリ様が最も信頼できる人物となるようにした。時には兄のように、時には・・・」

キサカは内心動揺していた。
(この御仁、ウズミ様の思惑をどこまで知っている?)

ねちねちとキサカに苦言を投げた後、髭の大将は握りこぶしを振るわせる。
「お前悔しくないのか?カガリ様の花綻ぶような笑顔を、他の男に獲られるんじゃぞ!」

「はぁ・・・まぁ・・・」
キサカはもう表情を取り繕うのはやめにした。
(あきれた。じいさん、カガリに婿をとらせたくないだけか)

ウズミと親交の深かったこの老人が、内心カガリを可愛がっている事はもう確実となった。
想定以上の助力を得られそうなことにキサカは安堵する。
「安心いたしました。お力添えの程よろしくお願いいたします」

「うむ。それで?」
髭の大将は話の続きを促した。
「本題に入ろうか」

キサカの表情が曇る。
この件以外に話など、キサカの方には無かった。

反応の鈍いキサカに痺れを切らした老人が切り出す。
「カガリ様と准将の婚約が整った後・・・お前、最近つるんでいる野心の強い氏族連中と何をする気だ」

想定外の質問にキサカは返答が遅れた。

黙り込むキサカに老人は重ねて言う。
「聞き方を変えよう」

髭の大将は鋭い眼差しでキサカを射抜いた。
「これからのオーブについてお前の意見を聞かせて欲しい。ウズミはお前に何を託した?」

穏やかに晴れていた空は曇り始め、一雨来そうな空模様になっていた。
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