ミモザの咲く頃に

□第10章 未来への贈り物
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マスコミから逃れ、会場を出たジャスティスは官邸を目指す。

コックピットはふたりきり。
カガリは幸せそうにアスランの肩に頭を預けていた。

金糸に頬をよせるアスランの胸中には、小さな罪悪感がある。
カガリは今回自分に起きた事の最悪の可能性に、はたして気付いているのだろうか。

エリカによると、初期に起こった場合は本人も気づかない事も多いという。
3人でこの件について話そうとした時、カガリは逃走してしまった。

『女性にとっては耐え難い事なの。私も、経験があって・・・再び子を授かるまではどん底だったわ。これからはちゃんと医師をつけるし、無理に今回の事を知らせなくても良いかもしれないわね。本当にそうだったかどうかも、もうわからないんだし。』
それがエリカの最終的な意見だった。

これからカガリに隠し通そうと思っている事に比べれば、一つ前の隠し事なんて小さく思えてくる。
彼女に隠し事は、できるだけ少なくしたい。

「カガリ、そのまま聞いて。」

少し緊張したようなアスランの声。
カガリは不思議そうに彼の言葉を待つ。

「君に・・・黙っていた事がある。今回のケンカの原因になった一言も、オレが隠し事をしていたから出た言葉だ。」

彼にとっては勇気のいる告白だった。
「俺が・・・父の都合のいいように遺伝子操作された可能性がある事は、話したよな・・・?」

カガリはうなづく。

アスランは固唾を呑み、ギュッと目を閉じ、一気に言い切った。
「俺はラクスとの遺伝子結合度が高くなるように操作されたかもしれない。」

カガリは大きく息を吸って、吐くのを忘れてしまった。

「ただでさえ生殖能力が低いコーディネイターなのに、さらに遺伝子結合度を操作された俺が、自然に子を授かるなんて考えた事も無かったんだ・・・」

驚くカガリの様子に、アスランは胸が苦しくなる。
「・・・でも、操作されていない可能性もある。俺が生まれた時のカルテは、キミと一緒に見た通りだ。カルテ上、遺伝子操作は成されていない。」

自分の腕の中にいるカガリから、反応が感じられない。
(何か言ってくれ・・・カガリ。)
アスランは沈黙が耐えられなくなって、話し続ける。

「嫌だよな・・・。例えば、これが逆の立場だったら・・・君がもし、他の男の子供を成すために遺伝子操作を受けているとしたら・・・俺はその男が憎くてたまらない・・・羨ましくてたまらない。」
ずっとしゃべり続けるアスラン。

カガリは酷く動揺していて、上手く言葉が出てこなかったが、心の奥は決まっていた。
「あ、あのな、アスラン、関係ないぞ?」

「え・・・?」
やっと帰ってきたカガリの言葉。
(関係ない?)

「私、今はちょっとビックリしてるけど、今だけだ。」
カガリは一生懸命、心の内をアスランに伝えようとする。
「アスランは遺伝子操作の事を気にしなくてもいい。だって、そんなの意味が無いんだ。」

「・・・?」
アスランはカガリが伝えようとしている事の全容がまだ見えなかった。

「他の男の人と私の遺伝子結合度が高くても、意味ないさ。だってその男の人と私が子供を持つ可能性はゼロなんだから。」

カガリは一度言葉を切って、真っ直ぐアスランの瞳を見つめる。
「私が産むとしたら、アスランの子供だけだ。」

その言葉に、アスランは頭が真っ白になった。

「私は・・・他の男に身を委ねたりしない。絶対だ。」

こんな想いを抱いてくれている女性に、どうしてあんな事が言えたのだろう。

つぐなう様に、アスランも自分の今の気持ちを真っ直ぐに伝える。
「俺も、君しか抱きたくないよ。」 

琥珀が大きく揺らぐ。


「・・・コーディネイターは子を成しにくい。」
一言発するたびに、アスランの心が痛む。
「俺は遺伝子結合度を操作されているかもしれない。」

もう一言は心の中でつぶやく。
(今回カガリの身に起きたかもしれない事も、再び起こらないとは限らない。)

「俺が抱えている問題は多い。でも・・・」
アスランが、うかがい気づかうような、慈しむような表情をうかべてカガリを見つめた。
「子供・・・欲しい?カガリ。」

カガリの頬が上気する。
「うん・・・いつかはアスランの子供が欲しい。」

アスランの心が温かいもので満たされていく。
こんな女性に出会えた事を何に感謝すればいいんだろう。

「だって、それができるのは、私だけなんだから。」
耳まで赤くして彼女は言った。
「他の女の人は・・・抱かないんだろう?オマエ。」

改めて聞き直されると、こっちまで照れてしまう。
「あぁ。」
アスランは血色のいい顔でうなづいた。

「だったら、アスランの遺伝子を未来に贈れるのは、世界中で私だけなんだ。」
カガリはアスランの軍服にきゅっとしがみついて目を閉じる。

(カガリにとって、子を成すというのは、未来へ遺伝子をおくるって感覚なのか・・・)
アスランは頭の中でグルグル考えた。

「・・・俺の遺伝子、未来に送っていいのかな?」
戦犯・ザラ家の遺伝子・・・未来には不要な気がする。

カガリは瞳を開き、ガバッと頭を上げた。
「そりゃそうさ!贈らなきゃ!だってオマエは、優しくて、強くて、」

カガリは指を折って、アスランの良い所を数えている。
「優秀で・・・ええっと、かっこよくて・・・」

彼女が自分を元気付けようとしてくれているのはわかるが、何だか気恥ずかしくなってきた。
「・・・自爆癖があって?」
自虐の言葉でアスランはカガリの褒め言葉を封じた。

カガリの大きな瞳が瞬きする。

ふたり、笑った。


自分の生まれてきた意味をずっと見い出せずにいた彼。
(・・・少し自信を持ってもいいのかな。)

アスランは思う。自分はそのために生まれてきたのではないかと。
(キミの遺伝子を未来に送る事ができるのも、オレだけなんだ・・・)

アスランは幸せそうな微笑みを浮かべながら、操縦かんから片手を離して、カガリを抱きしめた。
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