オーブと君の笑顔

□第1章 娘
2ページ/2ページ

仕事が終わった後、キサカ大佐は旧港町のアンティークショップを訪れていた。
幼い頃のカガリとともにキサカが何度も足を運んだ、ウズミの旧友の営む店である。
「店主、夜遅く無理を言ってすまなかった」

キサカはお願い事があって店主を訪ねていた。
アンティークショップの顧客の、ある氏族に会う約束を取り付けるためである。

柔和なしわを口元に寄せ、店主は笑った。
「お前のわがままなんて慣れてしまったよ。しかし、どうして髭の大将に会いたいなんて考えたんだ?」

店主が「髭の大将」と愛着をこめて呼ぶ人物は、氏族の有力者。
そして、昔からキサカとは犬猿の仲でもある。
キサカの方から髭の大将に渡りをつけて欲しいと頼まれたとき、店主は不思議に思ったのだ。

キサカはあまりふれて欲しくないように言葉を濁す。
「いや・・・カガリとアスランのことで力を貸してもらえたらと思って」

店主の顔が明るくなる。
「あぁ、婚約が近いのかい?ハウメアの婚約石は無事カガリ様に届いたんだな」

少し驚いたキサカが聞き返す。
「婚約・・・?」

店主はがっかりしてため息をついた。
「なんだ、違うのか。アスランさんに頼まれて私がハウメアの守り石を作ったんだよ。カガリ様への贈り物だと彼が言うから、昔氏族は守り石を婚約の証として贈りあったと、准将にたきつけてみたんだが」

キサカは意外そうに目を大きく見開いた。
「そうだったのか・・・俺は初耳だ」

「お前が聞いておらんようじゃ、婚約はまだ先の話かな」

キサカは首を振り、微笑んだ。
「そんなことない。現に俺はアスランが婚約石をカガリに贈った事は知らなかった。カガリももう大人だ、婚約は自分のタイミングで決めるさ」

店主はキサカが少し寂しそうにみえた。
「お前としては娘を嫁にだすような心境かな」
柔和な年寄りが少し昔話を始める。
「ウズミ様がお前をオーブに連れてこられて・・・カガリ様を守るためにレドニルを傍に置くとおっしゃったとき、」

言葉を途切れさせた店主を、レドニル・キサカは見つめる。

「私はいつかお前がアスハ家に入り、カガリ様の婿候補になるんじゃないかと思ったもんだが」

「かいかぶりだ」
キサカは、店主から髭の大将への届け物を持ち、席を立った。
「俺の役目はそんなものじゃない」

(役目?)
キサカとアスハ家との結びつきは、仕事のつながりを超え、厚い信頼関係がある。
それを『役目』などと業務のように突き放すキサカに、店主は違和感を覚えた。
店主は慌てて戸口に向かったキサカを追う。
「おい、レドニル。ウズミ様はお前を家族のように思っておられた。カガリ様ももちろんそうだ。なぜそんな言い方をする?」

キサカは扉が閉まる瞬間、まっすぐ店主を見つめて一言告げた。
「ウズミ様との約束だ。おれにはやるべき事がある」

扉が閉まり、くぐもったドアチャイムの鈴の音が店内に響く。

ひとり残された店主は、扉の向こうに消えた友人の悟ったような眼差しが頭から離れず、自分の中にあるこの漠然とした不安が杞憂に終わる事を祈った。

第2章へつづく)
次の章へ
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ