オーブと君の笑顔
□第6章 恋人
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カガリが美しい細工の施されたお菓子の箱をもって部屋を出ようとすると、ノックの音がする。
扉を開けると、ニコニコしているマーナと眉根を下げたアスランが入ってきた。
紅茶をテーブルに並べて、マーナは部屋から下がっていく。
ビックリしているカガリに、アスランがもう一つ驚きの報告をした。
「是非泊まっていって欲しいって、マーナさんが言ってくれるんだけれど・・・いいか?」
カガリは大きく笑ってアスランに駆け寄り、飛びついた。
「もちろんだ!」
アスランはカガリをゆるく抱きしめながら、彼女の笑顔を見て安堵する。
(すごく悩んでいるわけじゃなさそうだ)
美しい砂糖細工の菓子を少しつまんで、二人でお茶を飲んだ。
マーナさんが心配しているとアスランが告げると、カガリはポツリポツリと話し始める。
「たいしたことじゃないんだ。ウィリアム君がさ、」
予想していなかった名前が出てきて、アスランの紅茶を飲む手が止まる。
カガリは遠くを見るように窓辺に視線を送りながらつぶやいた。
「勉強しに来たって言うんだ、オーブの政治や軍の様子を。その上で良く考えて、交流プログラムを使ってオーブにもっと勉強しに来るか、プラントの仕事に就くか決めるって」
アスランは一口、紅茶を飲む。
「試されている感じがして気負ったのか?カガリ。ウィリアム君がまた来てくれればオーブにはまだ学ぶべき所があるって事だから」
「ちょっと、ちがう」
カガリは小さな花の形をした砂糖菓子を一つ取った。
「うらやましかったんだと思う」
「うらやましい?」
「うん。たくさん勉強するぞっていう、彼の生き生きした様子がさ」
カガリは砂糖菓子を見つめている。
「私にはそういう機会は無いかも、って思ったんだ」
その様子を見て、アスランははじめてカガリの気持ちに気付く。
「カガリは、学びたいのか?他の国の政治や軍の様子について」
「うん・・・16の頃からなんだか駆け足でここまで来ちゃったけれど、私はこれからオーブに何ができるのかなって。本当に私で役に立てているのかなって」
アスランはカガリの手をギュッと握った。
「役に立っているに決まっているだろう。戦後の混乱からここまで国を立て直したのは君の力だ」
「それは私だけじゃない。アスランや他の皆もがんばったから、ここまで来れたんだ」
カガリもアスランの手に自分の手を重ねる。
「それなのに、皆でがんばってきたのに、オーブにはもっと上にいける人材に力を与える術がない・・・」
(オーブの政治の中心が、氏族だから?)
アスランは思いをめぐらせる。
カガリのこの迷いは、今始まったものではない。
自分はそれに気付いてあげられなかった。
(マーナさんは少し気付いた。キサカさんも気がついているだろうな)
「急に変えるのは難しいけれど、」
アスランはカガリの手を握る指先に力をこめた。
「俺も手伝うよ。オーブの未来が少しずつでも君の理想に近づけるように」
「アスラン・・・」
カガリの心が幸せで満たされていく。
アスランはいつも、一緒に進んでいこうと言ってくれる。
それが何より彼女に力を与える。
「ありがとう。すごく、うれしい」
心からの喜びをたたえた微笑。
彼女が最高に美しく見えるこの表情をみるたび、アスランは気持ちを新たに誓いを立てる。
(これからも、君の笑顔を守る)
アスランは一つ呼吸を整える。
「・・・ずっと一緒に居よう」
改まった様子で告げられた彼の言葉に、カガリも真剣に答える。
「・・・はい」
さっき飛びついてきたじゃじゃ馬っぷりはどこへやら。
従順な返事をされると、そのギャップに男心は参ってしまう。
上気するアスランが勇気を出して告げた。
「昔、氏族の慣わしで、守り石を贈りあったって・・・聞いたことはある?」
少したどたどしい彼の声。
(婚約の慣わし、アスラン知っていたんだ)
カガリはコクリとうなずいた。
アスランはカガリの胸元に手をやって、彼女の守り石を取り出す。
「プラントから帰ってきたら、話を進めたいと氏族の長老方にお伺いを立てようと思う。そしたら、」
婚約石を優しく包むアスランの手に、カガリも手を重ねた。
「そしたら、本当にずっと一緒に居られる・・・!」
二人の婚約。
それは氏族に許しを得て、アスランがアスハ家の一員になるということ。
二人は今度こそ誰にも邪魔されず、ともに生きられるのだ。
(第7章へつづく)