MARCO

□雨恋★
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何だか今日は”うっかり”が多い1日だ―――まぁ…大半は自分の所為だけど。

家を出る前につけていたテレビ画面の中で天気予報士のお姉さんが今日は雨だと言ってたのに
出掛けに降ってなかったのをいい事に、傘を持たずに出て来てしまった……

(―――うん。でも…まー、持ってたところでコレは防げなかったし)

降り注ぐ雨を全身で浴びながら、上ばかり見て歩いてた所為で少し痛む首を下げ
今さっき泥水が跳ねたばかりの足元へ視線を向ける

幾つものきめ細かい気泡で出来た滴はまだ辛うじて乾いていたワンピースの裾に染み込んで
焦げ茶色のドット模様を作り出していた

『あーぁ、下ろしたてのワンピースが台無しになっちゃった……』

まったくもって今更な独り言を聞かれてるとも知らずに
何だか可笑しく思えて、吹き出す様に笑って笑って、一頻り笑った私に声を掛けたのは
金髪で独特なヘアスタイルの男の人だった

「………笑は収まったかい?」

少し笑みを含んだ声は決して馬鹿にしているようなものじゃなくて
例えるなら”微笑ましい”光景を目にした時の様な、優しさに溢れているそれだ。

『…ぁ、はい。――えっと、私に何か??』

「ぃゃ…その、」

『はい??』

仕立ての良い黒のスーツに身を包み、清潔感のある白いワイシャツ
襟元にはすっきりと形良く結ばれた少し光沢のあるネクタイ―――足元は綺麗に磨かれた革靴

こう言ってはあれだが、奇抜なヘアスタイルには余り似つかわない格好をしているのに
それがとても良く似合っている。これが俗に言う”ギャップ”というものだろうか?

「くくっく…」

『ぅん?』

「お眼鏡には敵ったかな―――お嬢さん?」

『ぅへ、え…?!』

「てっきり値踏みされてるんだと思ったんだが、違ったかい??」

『うっ、わあぁぁぁぁあ…!!!!ご、ゴメンなさい!!』

傘を持ってない方の腕を広げて軽くおどけて見せる男の人に遅れること数秒
自分が仕出かしたとんでもない失態に気付いて、慌てて頭を下げて謝罪を捲くし立てた

「…くく、別に気にしちゃいないよい」

『本当にゴメンなさい!!そんなつもりは毛頭無かったんだす!!
ただあまりにもカッコよくって、それで……見惚れてしまったというか、その…とにかく
とにかく、それで―――見入っちゃって、あの……えっと、だから』

「、ぃいよい―――さっきも言った通り、気にしてない」

そう言われて焦ってた胸をほっと撫で下ろして見上げた視線の先に
男の人が待っていた大きな傘があって、それは何故か当然の様に私の上にも被ってる。
気が付けば充分にあった筈の距離が無くなっている

(いつの間に?!)

戸惑う私を他所に、手の平で口元を覆った男の人の視線がゆるゆると降りてくる…

戸惑ってるのは私じゃなくて―――――彼の方なのだろうか??
そんな疑問が浮かんだ頃には私の視線は彼のそれに絡め取られていた

「そんな事より、今…言ったのは、お前さんの本心かよい?」

『え、??』

「慌てて口走った冗談なら、性質が悪い………オッサンをからかうもんじゃないよい!!」

『じょう、だ…ん??』

食い入る様に見詰めた眠た気な(可愛い)目の少し上にある眉は苦しげにシワが寄せられていて
頬から目の縁の辺りはほんのり赤らんでる様に見える

「、そんな目して…見上げんなよい――――キスしたくなるだろい」

突然塞がれた目を覆う大きな手を退かそうと伸ばした手がピタ…り、と止まる。
聞き取れなかった訳じゃない、ただ驚いて…息が詰まって、ドクドクと心臓の音が鼓膜に響く
目を隠す大きな手の平からそれが伝わるんじゃないか?!って思ったら急激に顔に熱が集まってく


「……驚かせて悪かったよい。ワンピース汚したお詫び代わりに、この傘やるから使ってくれよい」

『っ、あ…!!』

行き場を無くして宙ぶらりんだった私の手を取って、大きな手が傘を握らせる

(―――どうしよう、行っちゃう、行っちゃう行っちゃう!!)


『ま、まって……待って下さい!』

やっとの思いで動いた覚束無い足で追いかけて、思い切って掴んだ手首を握ったまま
どうする事も出来ずに視線は濡れた地面を彷徨う

どれくらいそうしてたのか解らない―――でも数秒だったと思う。

踵を返した革靴が此方に向くのを見てぴくっと肩が跳ねる、静かに満たされる緊張で
心臓が張り裂けそうな私の傘を握る手が包み込む様に握られて
傘の目隠しがゆっくりと持ち上げられる……俯いたままの視界に滑り込んだ反対の手の甲が

頬を撫でて、輪郭をなぞり、顎に添えられて、親指が下口唇をなぞる
淀みの無い一連の動作に『ひ…ィ、』と息が詰まる、手首を掴んだままの手に力が籠もる。

「………引き止められたら、期待しちまうよい?」

「いいのかい?」

ゆっくり問われる言葉に小さく頷くと、ゆっくりと顎を掬い上げられて――――
徐々に視界に写った彼の顔は…苦しそうな、切なそうな何とも言えない顔をしていた

『あ、…っ』

「…そんなに怯えんなよい。何もしない」

『っ…―――はい』

「笑わずに聞いてくれるかい?」

怯えるなと言われてもすんなりそう出来ない私は頷く事しか出来なくて
それでも、ゆるりと笑った彼は、手首にぶら下がる私の手を握って小さく引き寄せた

一目惚れだったんだよい

(水掛けられて、笑ってるお前を見た時から)
(ぅ、え?!……私、にですか??)
(他に誰がいらんだよい?名前を聞かせてくれるかい?)
(ぁ―――雛姫、です)

 

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