MARCO

□君の花★
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職業柄、花を買う事はあるが…それでも仲間内では少ない方で
まして自ら進んで花屋に入るなんて今まで1度も無かった。今日が初めてだ

それと云うのも、偶然目にした店員と思わしき女が
赤いチューリップに口付けをしていたから(よく考えれば匂いを嗅いでたんだろうが)

『………あ、お客さん…??』

「、…何かお勧めの花はあるかい?」

『へ、花…買うの??』

幾分か素っ頓狂な声を出した女に少々面食らったが
此処は花屋だろい?と笑い混じりに問い返せば―――じっと視線を寄越された。

からかった積もりは無かったのだが、気分を害したかと謝罪を口にしようとした時
ふっと息を抜く様な仕草で無表情の顔に笑みを乗せた

『そうだった。余りにもイメージ違いに、自分の仕事を忘れてしまった!!
失礼いたしましたお客様。どのような花をお探しで??』

稍男勝りな口調の後半が店員らしく述べられていた事から考えると
前半の少し砕けた喋りは、包み隠してない本音…っといったところだろうか??
自分の周りには居ないタイプの女に幾分か興味が沸いた


「実は花には、俺も詳しくないんだ…よかったら何を熱心に勉強していたのか教えてくれるかい?」

女が大事そうに腕に抱えてる分厚い本の見開きにちらりと見えた写真は
赤いチューリップで、今しがた口付けてた花と同じ事から
彼女自身も花にはあまり詳しくないか、ふと気になったかのどちらかだろう。

敢えて前者を選んで本を指し示すと困り顔で小さく笑ってパタン…と本を閉じた

『それはいいけ、…ですけど、時間は大丈夫なんですか?』

「ぁあ、少しばかり早すぎてねい…時間を持て余してるんだ」

決められた出勤時間というのは特に無いが、常ならとっくに出勤して
ロッカーの並ぶバックヤードで煙草の2、3本は吸ってる頃だと
壁に掛けられた時計を見ながらぼんやりとそんな事を考え、目の前の女に視線を向ける。

『それなら丁度良かった、この時間は大体暇だから時間の許す限りで
話し相手になってくれるとあたしも持て余した時間を有意義に過ごせる!!』

「言葉巧み、だねい…」

こっちから誘った積りが、意味を変えずに言葉だけを変換して―――これに返事をすれば
俺が誘われた事になるのだから決まりが悪い

突っ込んでたポケットから片手を引っこ抜いて、後ろ首を擦ってれば
悪戯が成功した子供みたいな目をしてカウンター裏から小さな椅子を出して良ければどうぞ?と示す

そうして自分はそそくさとカウンターの奥にあるもう1つの椅子に座ってしまうのだから
完全にお手上げだ。普段持て成す側に居る俺が、さり気無く自然に持て成されている…
その事実に若干の戸惑いを感じながら座ると同時に差し出されたカップ
シンプルなカップの中にはブラックコーヒーが湯気をあげていて、いい香りが鼻を擽る

「、……参った。ここまでやられちゃー降参するしかないねい」

持て成す事を”生業”として本業にしてる俺も形無しだと
両手の平を顔の横まで持ち上げておどけて見せれば、くくっ…と小気味良く笑う

『っふ、ははは…!!玄人の人にそう言ってもらえると嬉しいよ』

「…お嬢さんの口から「玄人」なんて、聞くとは思わなかったよい」

『やめやめ、”お嬢さん”なんて言われたら鳥肌立っちゃうから!
あたしは、雛姫―――佐久良雛姫だよ』

「自己紹介も先越されちまったねい……」

後手後手に回ってるよい、今日は厄日か?!

(俺はマルコだよい)
(それって源氏名とかっていうやつ??)
(いいや、本名だよい。もっとも客には明かしてないが)
(ふぅん――素敵な名前だね!)

 

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