novel*long*

□Tokyo らぶ すとーりー
2ページ/11ページ


「聞きましたよ、大谷先生」

 社会科担当の男性教員が、デスクの傍にそそそっと寄ってきて囁いた。

「来週から東京やそうやないですか」

 先程校長に呼ばれて告げられたばかりの辞令をもうこの男が知っていることに驚いた。
 東京。聞き慣れた、けれど決して身近ではない地名である。大阪県民としては、何かされたでもしたでもなく、潜在的にライバル視してしまうようなそんな都市。大谷も例外ではなく、東京のイメージといえば「冷たい」とか「気取った」とかで、何となく良い印象はなかった。その印象の根元は高校の時東京から赴任してきた教師、舞竹国海にあることはまず間違いない。けれど。
 東京ってことは、アイツがいるやんなあ。
嬉しいような、なんとなく気まずいような複雑な思いである。

「2週間だけですけどね」

 笑顔を作って、彼に答えた。

「ま、毎年恒例の研究授業やから、そんな緊張しなくてもええですよ」
「恒例なんですか?」
「あれ、聞いてません?相手校の花岡学園はうちの姉妹校で、毎年新採を二人交換して公開授業してるんです。まあ、正式な勉強会みたいなもんです」
「そうやったんですか」
「その二人に体育の教師が選ばれるんは珍しいですけどね。大谷先生えらい期待されてるんでしょうね」

 言葉の割には、馬鹿にしたような目を向けられる。この教師はいい人だと思うけれど、主要教科主義的な考え方がどうも好きになれない。
「そんなことないですよ」と愛想笑いを浮かべることにも最近は慣れてきた。

「ま、頑張って下さいよ」

 ポンと肩を叩くと、彼は自分のデスクに戻っていった。
誰にも気付かれないようにため息をつく。
 大谷が無事に教員採用試験に合格し、この小学校に勤め始めてから半年が経とうとしていた。もちろん永年の夢だった教員生活は充実しているし、子ども達は可愛らしい。冗談ではなく初めて「大谷先生」と呼ばれたときは嬉しさに体が震えた。だが、慣れない。社会人同士の表面上の「お付き合い」というものに大谷はどうにも対応出来ないでいた。
 ――新採を二人交換して公開授業。
 一人は自分であるらしいが、もう一人は誰なのだろう。
 だが、そんなことよりも。

「東京、か」

 何度か訪れた街に思いを馳せる。2週間もあれば、会う機会もあるだろう。採用試験から今日までずっとバタバタしていて彼女と会うのはかれこれ八ヶ月ぶりだ。
とりあえず連絡だけでもしておこうと思い、短くメールを打つ。

『来週から2週間東京行くで』

 最近は忙しくて携帯を見る暇もないと言っていた彼女のことだから、返信は夜になるだろう。
メールを見て喜ぶ顔を想像しながら、大谷は一時間目の授業に向かった。
次へ
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ