novel*short*
□桜、咲け。
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◇
「ほれ、ココア」
「ありがとーございますー」
ふーふー子供みたいに冷ましながらリサがココアを一口飲んだ。
「くうー!!あったまる!!」
「おっさんか。酒やないで」
あれから、大丈夫だと言い張るリサを大谷は無理やり自分の家に連れて帰った。
自分のせいで冷えきってしまったリサをそのままにはしておけなかったし、何より大谷自身リサと一緒にいたかった。
「ていうか、お邪魔してよかったん?家の人みんなインフルなんやろ?」
「全員熱は下がったみたいやし、部屋は隔離してるから大丈夫や思うけど…あ、小泉にうつったらどうしよ」
「あたしの体はインフルにならへんようになってんねん」
「どんな体やねん」
こんな風に自分の部屋でリサとのんびり過ごしていると、本当に受験が終わったんだという実感が沸いてくる。もうペンを持たなくていいのだと思えば、なんだか寂しいような気さえしてくるから不思議だ。
「なーなー」
「ん?」
「なんかしたいことない?」
「したいこと?」
「受験終わったんやし!遊びたいやん!」
「そうやなあ…いざ終わってみるとなんもする気起きへんな」
「そうなん?」
ココアに口をつけながら、つまらなそうにリサが聞き返した。
「なんや気が抜けて今はずっと寝てたい気分」
「そんなもんなんや」
「そんなもんやな」
その言葉通り、大谷は床にごろんと寝転がった。
リサもその隣に自然に横になる。しばらく二人は何も話さなかった。
「…おおたに」
「んー」
「受験、おつかれさま」
その言葉を言うためだけに朝からずっと待っていてくれたリサ。そもそも彼女がいなければ自分は受験をしていたかどうかさえ定かではない。いや、きっと雪や色々なもののせいにして諦めていただろう。
「さっきまでな、めっちゃへこんでててん」
「なんで?」
「へこんでたっちゅーか、ちゃんと解けたかなーとかいらんこと考えてて不安になってた」
「そうなんや」
「けどな」
「うん?」
「けど、お前の顔見たらそういうん全部吹っ飛んだ」
手をふってこっちに寄ってくるお前を見たら、どうしようもなく安心して。
下向いてるオレを前向かせるのはいつもお前やな、小泉。
なんて、言えへんねんけど。
「お前のアホ面みたらどーでもよくなるなあ」
「なによそれー!」
「ちょ、おま、叩くなよ!」
こんな風に過ごせる時間がひどく愛しい。
「あ」
「ん?」
「オレ、小泉と漫才したかったんや」
「は?」
「受験終わってやりたかったこと」
「えー?そうやなくて、もっとカラオケ行きたいとかさあ」
「カラオケも行きたいけど、今はこれでええんや」
「あたしはイヤや!」
小泉と漫才したかった。
つまりそれは。
『小泉と一緒にいたい』、ということ。
今はリサといられるだけで充分だということ。
けれど素直でない大谷はそんな言葉を言えるわけもなく、鈍いリサが真意に気づくはずもなく。
それでもなんとなく二人の時間は流れて行く。
「明日から学校楽しく通えるわ!」
「あんた毎日死にそうな顔して登校してたもんな」
「真っ先に中尾に飛び付いてやろー」
「あはは。ええね、それ」
大谷の桜が咲いていることが分かるのはそれから数日後のお話―――。
Fin,