novel*short*

□手を、繋ごう。
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「ほな、またね!」
「北海道帰る前に絶対また会おうな!」

 なんて、二言三言言葉を交わして、のぶちゃんと中尾っちの二人と別れた。のぶちゃんは体をぴったり中尾っちに寄せてる。まるで会えない間の隙間を少しでも埋めるかのように。
 遠距離恋愛、やもんな……。
 高校ん時に、大谷と遠距離は無理やて言ったことあるけど、それは多分今も変わってない。会える時間がちょっと減っただけでもこんなに寂しいんやもん。あたしにとっては大学が違うだけで立派な遠距離やねん。
 のぶちゃんも中尾っちも心配になったりせえへんのやろか。例えば浮気、とか……

「小泉」

 斜め下からあたしを呼ぶ声。

「オレらも帰ろっか」

 この声が他の人の名前を呼んだら嫌やなーって、二人くらい信じあってたら、思ったりせえへんのかな。

「…うん」
「ん?どした?」

 大谷も、あたしが他の人のこと見てても気にならんの、かな。

「なんもないよ」
「うそつけ。なんかあるって顔に書いてあるわ。なに?」

 ほんまに、なんもない。
 ただ、さっき大谷に言われた言葉が少し、ほんの少し、引っ掛かってるだけ。

『どうでもええやんけ』

 知らない男の子にアドレスを聞かれて、こんなこと初めてやったからどうしたらええか分からなくて、何となく大谷に言えんくて、結果的に隠してたみたいになってた。もちろんやましいことなんてないから、変に疑われなくてほっとしたけど、同時にちょっとだけ寂しかった。
あたし、大谷がマイティとか小堀くんの時みたいにヤキモチやいてくれるかもって少し期待してたんやもん。
大谷がヤキモチやかんのは、あたしのこと信じてるから?
それとも、あたしのことはもうどうでもええから?
 なんて。そんなん聞いたらウザいよなー。

「別になんもないって!帰ろ!」

 駅に向けて歩き出す。「変なやつ」ってボソッと言うて大谷はすぐにあたしの隣に並んだ。
ヤキモチやいて欲しいなんて、あたしワガママなんかなー。

「…なあ」
「へ?」
「ん」

 そっと大谷が手を差し出した。これが「手を繋ごう」って合図やって最近やっと分かるようになったから、あたしも迷わず手を重ねる。

「ふふ」
「なんや」
「大谷の手、あったかい」
「アホか」

 手を繋いでると今まで考えてたことがしょーもないような気がしてきて。
見えない気持ちも触れている部分から伝わっていく気さえしてくるから不思議やなあ。
そんなことを思ってると、大谷がためらいながら聞いてきた。

「あのさ…」
「ん?」
「メール、したい?」
「メール?」
「電車男と」

大谷の顔が真剣な表情に変わった。
が、あたしは堪えきれず吹き出した。

「電車男って…」
「笑い事ちゃうわボケ!」
「いやいや、笑うところでしょう」
「他に思い浮かばなかっただけや!…で、どうなん?」
「どうなんて…別にしたくないよ」
「ほんまに?」
「ほんま」

 そして、大谷は少し考え込んでからこう言った。

「したかったらしてもええで?」
「え…?」

 聞き間違えかと思った。けど。

「オレが止めることちゃうしな」

 なによ、それ。
 あたしは繋いでた手をパッと離した。

「…ほな、誰が止めんの?」
「え?誰って…」
「やっぱりそうなんや」

 あかん。泣きそうなってきた。

「な、なにが」
「あたしのことはどうでもええのん?」
「はあ?」
「なんで…」
「へ?」
「なんでそんなこと言うのよアホー!!」



「…で?」
「そのまま走って帰った…」
「一人で?」
「はい…」
「大谷くん殴り飛ばしたあげく置いてけぼりにして帰ったと?」
「どうしよーのぶちゃーん…」

 電話口でのぶちゃんがため息をついたのが分かった。

「てか、今何時やと思う?」
「うーん…6時?」
「朝のな!ったく。なんでこんな早くにかけてくんのよー」
「ご、ごめん。今から学校やねん。課題の提出日やから行かんとあかんねん」
「ああ、せやったな…」
「あれ?あたし言うたっけ?」
「え、あ、いや。リサがこんな早くに起きてるから何かあると思ったってこと」
「昨日あんま寝れへんくて…」
「大谷くん殴り飛ばしたから?」
「う…」

 あのあと。『なんでそんなこと言うのよアホー!!』と同時に、あたしはいつものアホパンチをお見舞いして、驚いて言葉も出ない大谷から逃げるようにして帰った。
 なにやってんねん、あたし……。

「なんでそんなに気にしてるん?」
「え?」
「殴ったこと。いやさ、彼氏殴るのは彼女としてどーかと思うけどさ」

 全くです……。

「けど、リサと大谷くんにとってはいつものことやん」
「いつものことって…」
「いつもはイチイチそんな悩まへんやん。なんで今回はそんな気にしてんの?」

 そう言われて、今までにアホパンチかました時のことを考える。高校一年の時、千春ちゃんに言われたこといじいじ気にしてた時とか。あんな頑張ってたんに受験行かへん言った時とか……。

「だって、アホパンチしてええんは大谷があかん時だけやもん」
「あかん時?」
「しょーもないこと言った時とか」

 そう、そうやねん。いつもは大谷のためにアホパンチしてんねん。けど、今回は完全にあたしのワガママやもん。

「せやから、どう謝ったらええかなーと思って…」
「それでこんな朝早く電話してきたんや」
「面目ない」

 のぶちゃんはしばらく「んー」と言ったきり黙った。のぶちゃんは厳しいけど、あたしがほんまに困った時は助けてくれんねん。

「謝らなくてええんちゃう?」
「ええ?!あ、あかんよ!」
「なんでよ」
「だって今回は大谷しょーもなくないねんもん!」
「しょーもない思うで」
「な、なにが?」
「あのな、リサ。大谷くんがほんまに電車男とメールしてもええとか思ってるわけないやん」
「けど、ええ言うてたもん」
「せやからしょーもない言うとんのや。思ってもないこと言って、背伸びしてんの」
「背伸び?背伸びしてもちっちゃいやん」
「うん。ちっちゃいなあ」
「ええ?のぶちゃんの言うてることよー分からんー」
「だからな、リサ。……家何時に出るん?」
「え?7時半」
「もう7時過ぎてんねんけど」

 ばっと振り返って時計を見る。
 7時15分。
 あ、あかん!!遅刻する!!

「ご、ごめん!のぶちゃんもう切るわ!ほんまごめん!」
「ハイハイ。まああたしが言ったことよー考えてみて。いってらっしゃーい」
「うん!ごめんな!ありがとう!」
「あ、リサ…」

 最後にのぶちゃんが何か言いかけてたけど、勢いで切ってしもた。
 なんとなく。
「大谷くんによろしく」
って言った気がするんやけど、どういう意味?

 けど、あんまりその意味について考えてる時間もなくて。
あたしは慌ただしく家を出て、駅に向かって走ったんや。
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