novel*short*

□ゆら ゆらら
1ページ/3ページ


 携帯電話が鳴った。ディスプレイには大好きな彼氏の名前が表示されている。リサは意気揚々と通話ボタンを押した。

「……こいずみ?」
「大谷?どしたん?今日飲み会言うてなかった?」
「まー、うん、そうなんやけど」

 電話の向こうはがやがやとしていて聞き取りにくい。やはり居酒屋にいるのだろう。

「小泉」
「なに?」
「今からお前んち行ってもええ?」
「え、今から?」
「うん」

 時刻は夜の8時半。決して駄目な時間ではないが、まだ飲み会の最中ではないのだろうか。

「ええけど…」
「ほな、行くわ」
「え?!ちょ……」

 間髪いれずに切られた。

(なんで急にうちに?)

 真面目な大谷はリサの家にお邪魔するときは必ず前もってきちんと連絡し、負担にならない程度の手土産を持ってくるのが常である。最初の頃よりは打ち解けたにしても、やはり彼女の家に行くということは大谷にとって少なからずまだ緊張する一大行事なのだろう。なのに今日に限っては急な話であった。
 なんかあったんかな……?
 若干不安になりつつも、リサは家族に「今から大谷来るってー」と伝えて回る。

 それから30分ほどしてチャイムが鳴った。「はいはーい」とドアを開けるとそこには深く帽子をかぶりコンビニのビニール袋を引っ提げた大谷が立っていた。

「……おう」

 何やら緊張した面持ちである。

「いらっしゃいー!上がるやろ?」
「…ええの?」
「うん。どうぞー」

 部屋まで案内する途中でリサの母親、それから弟の隆人と出会った。大谷は律儀に頭を下げ、「夜遅くに来てしもてすみません」と謝る。そういう真面目なところがリサの家族には好印象であり、もはや大谷が何時に来ようとも誰も気にも止めてはいなかった。

「で、どないしたん?」

 自室に入るなりリサが尋ねた。
大谷は床にどかっと座ったきり動かない。

「大谷?」
「……」
「おーい」
「あかん」
「え?」
「急にまわってきた……」

 そのままごろんと横になってしまった。

「まわってきたって…あんた酔ってんの?」
「うーん」
「さっきまできちっと挨拶してたやん!」
「緊張の糸が切れたんや」
「なによそれー。てか何でそんな酔ってんのにうち来たん?」
「それは…まあ、ええやんけ」
「ええくないわ。なんかあったんかと思って心配したもん」
「お前の顔が見たくなってん」

 そうあまりにもさらっと大谷が言うから。
リサも「へーそうなんや」と流しそうになる。けれど、言葉の意味に気づいてしまって。

「いま、なんて……?」
「お前の顔が見たくなった」
「それってつまり」
「会いたなったから来たんや」

 ぼっと顔が赤くなるのが分かった。

「な、な…」
「なんや」
「そんなんいつも言わんやん!」
「いつも思ってる」

(ちょっ……なんなんこれ?!)

「あんた誰?!」
「誰ってお前の彼氏やろ」
「は?!」
「ちゃうんか」
「ちゃ、ちゃうことないけど…え、大丈夫?」
「なにがや」
「そうとう酔ってるんちゃうの?」
「少しだけや」

 絶対少しやない……。

「大谷おかしいで」
「オレはいつも通りや」
「どこが?!水持ってこよか?」
「ええから。側にいろって」
「ほら!おかしい!きしょい!こそばい!それやめて!」
「なにがやねん」

 ゆっくり起き上がった大谷はなんだか目もとろんとしていて、口調もたどたどしくて可愛らしい。いつもよりも優しい言葉をかけてくれる大谷にリサは嬉しさを感じるよりも鳥肌が立って全身が痒くなるような気持ちになっていた。

「もう、酔っ払いは早よ寝なさい。あたしの布団貸してあげるから」
「イヤ」
「わ、わがまま言うな!」
「オレ、お前と飲み直そう思て酒持ってきた」

 大谷の視線を追うとコンビニの袋があった。真相は「とりあえず彼女も酔わせてまえ!!」という飲み会の悪ノリの続きで大谷が仲間に無理矢理持たされたものなのだが、そんなことはリサは知るよしもない。

「まだ飲むの?!」
「ええやんけ。明日休みやろ」
「そういう問題ちゃう!大谷酔ってるもん!」
「まだ平気やって」
「それにあたし飲んだことないし…」
「ほな、ちょうどええやん。デビュー戦や」
「イヤや!戦いたくない!」
「アホか!男が戦に背を向けんな!」
「あたし女や!」

 酔っぱらっていても二人の漫才は健在である。そのうちに大谷はガサゴソと袋の中を探り缶を二つ取りだし、一つを自分に、もう一つを「ほれ」とリサに差し出した。

「イヤやって!」
「オレの酒が飲めんのかい」
「いやいやいや」
「心配やねん」
「あたしはあんたが心配や!」
「ワケわからん男の前でデビューされたないねん」
「え?」
「他の男の前で初めて酒飲まれるのはイヤや」

 そんなことを面と向かって言われてはリサも黙るしかない。

(今日の大谷はおかしい……。いつも言えへんようなこと目見て言うねんもん。どうしたらいいか分からへん……)

「じ、じゃあ、ちょっとだけな」
「うん」

 渋々缶を受け取ると、本当に嬉しそうに大谷が笑って。その笑顔にリサの胸は淡い高鳴りを見せる。「やられた」と思った。何年付き合っても自分はこの笑顔に弱い。
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ