novel*short*
□可愛いサンタにご用心
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大谷敦士は頭を抱えた。
(アイツ、怒ってるやろな……)
寒空の中、たくさんの言い訳を考える。せめてものお詫びにと持ち帰ったケーキの箱を握りしめ、ついでに殴られても良いように歯を食い縛った。
しばらく悩んだ末、いよいよ大谷は覚悟を決めて呼び鈴を押したのだった。
彼を悩ますもの、それは一本の電話から始まった。
ジャケットの胸ポケットで携帯電話が震えた。ディスプレイにはサークルの先輩の名前が表示されていた。電話に出る前から嫌な予感はしていたのだ。だがお世話になっている先輩故、無下に無視するわけにもいかなかった。
「あ、大谷?24日と25日暇?」
通話ボタンを押した瞬間に、畳み掛けるように言われる。
「すんません、ちょっと……」
「そーかそーか暇か!」
「いや、暇やないんですけど」
「ほな、ちょっとバイトせえへん?」
「せやから、用事が……」
「ケーキ売るだけやから簡単やで!」
「いや、用事……」
「時給もめっちゃええねん!」
「あの、ようじ……」
「大谷引き受けてくれて助かったわ!」
「よう……」
「つか、ほんま頼む!!!大谷にしか頼めへんねん!!!この通り!!」
「……」
大谷にしか頼めない。
自分がこの言葉に弱いことは前々から薄々分かってはいた。自尊心をくすぐられ、つい役に立ちたくなってしまう。そして、この時も例外ではなかった。
一度断るタイミングを逃すと、あれよあれよと言うまに事は進んでしまい……。
気付けば彼女である小泉リサにバイトが入ってしまったことを連絡している自分がいた。
「ほんまごめん……」
土下座する勢いでリサに謝罪をする。概要を聞いた彼女は一瞬言葉を失った。
そら、そうや。前々日にドタキャンって……。
「わかった」
小さな声でリサがやっと返事をした。
「あたしもバイト入ってって言われてたからちょうどええねん。しっかり稼いできて」
気にするなというリサの言葉とは裏腹に、声にいつもの元気はない。ここに来て、大谷の後悔は海よりも深くなった。
「えっと……夜、家行ってもええ?」
「夜?」
「バイト終わってから。勝手やとは思うけど……」
少しだけでもという気持ちで大谷はそう切り出した。リサは少し間を空けて答えた。
「うん。待ってる」
そして、冒頭に戻る。
途中、何故か遥に邪魔されながらもなんとかバイトを終えた大谷は、リサの家の呼び鈴に手を伸ばしては引っ込めてを繰り返していた。
(あかん……これ以上ここでウロウロしとったら不審者や。通報されるわ)
覚悟を決めて呼び鈴を押す。
ピンポーンという間延びした音が鳴って。
『はい?』
リサが返事をした。
「オレ、えっと、大谷です」
『えっ、もう来たん?!ちょ、ちょっと待って……』
ひどく慌てたようなリサ声がした。中からはバタバタと物音が聞こえた。が、誰も玄関の方に来る気配はない。それからしばらく待ってはみたものの、一向にドアは開かなかった。まさかそんなに彼女を怒らせてしまったのだろうか。大谷は迷ったが、もう一度呼び鈴鳴らした。
『は、はい!?』
「小泉?ドア開けてくれへんの?」
『開ける!開けるけどちょっと待って!』
「もう結構待ってるんやけど…」
『う、うん、ごめん…』
「小泉、怒ってんのか」
『え?ちゃうよ!そんなんやないんやけど』
「ごめん。謝るからとりあえず入れてくれ」
『あかん!』
「なんでや!」
『い、いいいまちょっと散らかってて』
「そんなんええから」
『い、妹が熱だして』
「お前にいるのは弟やろ。ええから開けろ」
謝らなければならない立場の筈だったが、これではらちが明かないとおもい、強気でリサに言った。『う…』という声が聞こえたかと思ったら、誰かが玄関に近づいてくる気配がした。
「お、大谷?」
ドア越しにリサの声が聞こえた。
「おう」
「あ、開けるけど笑わんといてな」
「は?」
「ええから!笑わんって約束して!」
なにがやねん。
そう思ったけれど、
「分かった。約束する。笑わん」
とりあえずそう答えた。するとカチャッと鍵が開いて、躊躇いがちにドアが開いた。だんだんと中が見えてくる。そして……。