novel*short*

□遥くんの憂鬱 (後)
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 遥は走った。
 愛する人の元へただただ走り続けた。そう、文字通り走り続けたのだ。

「は、遥…?」

 インターホンが鳴り、ドアを開けたリサが見たものは、玄関の真ん前で倒れこむ幼なじみの姿だった。

「リ"…ザ…ハアハア…やっ…ハア…ぱ……こに…」
「ちょ、なに?どうしたん遥?!」

 電車も使わず、ただ自らの足だけでリサの家までたどり着いた遥の胸は大きく上下し、息は切れ、喋ることもままならない。

「な、なにしてんの?」
「ハア…ちょ、まっ……み…みず…」
「みみず?」
「ち…ちが…水……」
「あっ、水な!ちょっと待ってて!」

 そう言ってリサはバタバタと家の中に入っていった。
しばらくしてコップ一杯の水を手にリサは帰ってくる。遥はコップを受けとると一気に飲み干した。

「ぷっはあ〜〜生き返ったー!」
「そら良かった。なんでそんな息切らしてたん?」
「走って来てん」
「どこから? 」

 遥は素直に出発点、つまり大谷が店頭販売のバイトをしていた駅名を言った。

「そんな遠くから?!なんで電車で来けへんかったん?」
「だってこういうときは走ってくるもんやろ?」
「え?」
「月9とかで主人公はみんな全力で走ってヒロインのとこに行くやん」
「ごめん、意味分かれへんねんけど…」
「ていうか!!」

 首を捻るリサに構わず、遥は大きな声を出した。

「リサ家にいるやん!やっぱりあのチビに気遣うて嘘ついたんやろ!」
「嘘?」
「今日バイトとか」
「嘘ちゃうよ」
「え?」
「もうすぐバイトやねん」

 そんな馬鹿な。
 遥は鳩が豆鉄砲をくらったような表情を浮かべた。

「な、なんで?今日、何日か知ってる?」
「24日やろ」
「そう!クリスマスやで、クリスマスイブ!なんでバイトなんかすんの?!」
「なんでって…」

 リサは困ったように頬を掻いた。

「この前からベテランのおばちゃんがおらんくなってバイト足りてへんねん。クリスマスなんてめっちゃ混む上にみんな休みたがるから、ホール回らへんの。あたしも今じゃ古株の方やから入らないと……」

 リサのバイト先、池辺で大ベテランであった松原が辞めたのはつい先日のことらしい。つまりその影響で池辺は戦力不足となってしまい、一年以上バイトをしているリサはクリスマスだからと言って休むわけにはいかなかったということだろうか。
 納得できる理由ではあるが、遥は腑に落ちなかった。やはりバイトがしたいと言い出した大谷にリサが合わせたとしか思えない。

「え?ていうか遥、大谷に会うたん?」
「……会うた」

 リサの口から大谷の名前が出たことが面白くなかった遥は、ぶすりと答えた。

「そうなんや!あ、外寒いやろ。中入る?あんまり時間ないんやけど…」
「クリスマスに彼氏でもない男家にあげてええのん?」
「あはは。遥なら別にええよー」

(べつにええってどういうことやねん……)

 男として全く意識されていないことに肩を落としながら、「お邪魔します……」と言って遥はリサの家に入った。
そのまま通されたのはリサの部屋だった。

「うわあ!リサの部屋入るの久しぶりや!!」
「せやったっけ?」
「うん!小学生ぶり!」
「そういえばそうやなあ。遥に会うたの自体、あたしの誕生日ぶりやもんな」

 リサの誕生日。
聖子と海に遊びに行った時、偶然にも19歳になったばかりのリサに遭遇した。リサに会うのは確かにそれ以来だった。

(あの時、あのチビはリサの誕生日をきれいさっぱり忘れてたんや。よりによって大事な彼女の誕生日を忘れるなんてありえへん。おまけにクリスマスもバイトするなんて…オレやったら。オレやったら絶対そんなことせえへんのに……)

「リサ」
「ん?」
「クリスマスって好きな人に会いたくなるやんな」
「え、あ、そやね」
「オレはリサに会いたかった」
「え?」
「なあ、リサ」
「う、うん」
「あのチビのどこがええの?」

 幾度となく投げつけてきた疑問。

「どこって……」
「誕生日も忘れるし、クリスマスもバイト入れるし、チビやし、不細工やしどこがええのか全然分かれへん」
「ぶ、不細工はおいといて、まあ他はそうやなあ」
「リサ」
「はい」
「オレやったらリサにそんな思いさせへん」
「遥…」
「オレやったらリサのこともっと大事にする!なんであのチビなん?オレじゃアカンの?」

 自分の方が大谷よりリサへの気持ちはずっとずっと大きいのだ。
ただそれだけ分かってもらいたくて。
リサを困らせたかった。もうリサに守ってもらおうなんて考えてた過去の自分ではない。男としてリサを守っていける。
 せやから、リサ。ちょっとくらいオレのこと考えてみて?
 遥の言葉を聞いたリサはきょとんとして見せたあとで、にっこりと笑みを浮かべた。その笑顔があまりに嬉しそうだったので。

(リサ笑った?笑ったってことは、もしかしてもしかするん?!)

遥がそんな風に期待するのも致し方ないことであった。

「ほんまはな」
「うん」
「今日大谷と会う約束しててん」
「え?」
「なのにサークルの先輩に頼まれて断り切れへんかったって、一昨日ドタキャン。ありえへんやろ?」
「ありえへんありえへん!ほんまあのチビ腹立つなあ!」
「うん腹立つ。せやから、あたしもバイト入ったからちょうどええって変な意地はってしもた。まあ入らなアカンのはほんまやってんけど」
「そんなんリサ可哀想やん!彼女より先輩優先て、なんなんあのチビ助!!」
「うん。けどな」
「けど…?」
「けど、なんでか分からんけど、あたしは大谷がええねん」
「リサ…」
「他の人の頼みも聞いてあげる優しい大谷があたしは好きやねん」

 リサはまたあの輝くような笑顔でそう言った。その笑顔を見た遥の胸はぎゅっと締め付けられた気がした。

(リサ、ほんまにアイツのこと好きなんやなあ)

分かっていた筈だったが、やはり切ない気持ちは抑えられない。
しかし、それと同時に何故かホッとしたような気がした。
高校の時から不器用に、けれど一生懸命に大谷だけを見ていたリサ。そんなリサを遥はますます好きになったのだ。

「リサ、アイツといて幸せ?」

 気づけばそんな言葉が口から出ていて。

「うん!」

少しも迷うことなく大きく頷くリサに、遥はなんだか笑えてしまった。

「そっか」

 その言葉が聞けただけでも今日走って来た甲斐があったような気がした。

「ま、オレといた方がもっと幸せになれるけどな〜」

 今度は冗談で、けれどほんの少しは本気でそんなことを言ってみる。リサは「あはは。ありがとー」と言って笑顔を返した。どうやら冗談に取られたらしい。それでええ、と遥は思った。

「ほな、オレ帰るわ」
「あっ、うん。あれ?てか遥、何しに来たん?」
「んージョギング?」
「なにそれー」
「リサ、バイト何時からなん?」
「えっと、13時…」

 そのままリサの視線は掛け時計に注がれた。そして次の瞬間彼女の顔は青ざめてひどく慌てた表情になった。時刻はもう12時半を過ぎていた。

「ご、ごめん!遥!あたしもう出ないと…」

そう言って二人で慌ただしく玄関を出る。

「ほな、またな。遥!」
「あっ、リサ!後で携帯見てみて」
「携帯?」
「うん。クリスマスプレゼントがあんねん」
「う、うん。わかった!」

 リサは首を捻りながら走り出そうとする。そこでふと立ち止まって、遥を振り返った。

「遥!」
「ん?」
「クリスマスは好きな人に会いたくなるってさっき言うてたよね!」
「うん」
「遥に会いたいって思ってる人、いっぱいいるんやないの?」
「え?」

 オレに会いたいって思ってる人…?

「ほな!メリークリスマス!」

 そう大きな声で叫んで、今度こそリサは走り去った。

「オレに会いたい人……」

去り際にリサに言われた言葉を繰り返してみる。答えはもう分かっていた。

「やっぱりリサはすごいなぁ。さすがオレのヒーローや」

 そのまま遥の手は自然に携帯電話を取りだし、ある人に電話をかけ始めた。ほんのワンコールで相手は出た。

『遥くん…?』
「うん。オレ。遥」
『どしたん?あっ、リサちゃんとデート出来た?』
「できひんかった」
『そっかあ〜。遥くん頑張ってんのになあ』
「ええねん。それより、今からあいてへん?」
『え?!なんで?!』
「ちょっと会えへんかな?」
『ほんま?!会いたい!!』

 電話の向こうで跳び跳ねんばかりの弾んだ声が聞こえて、遥も嬉しくなった。

「オレも会いたい。……みんなに!」

 電話を切ると今までの会話と辺りの静寂のギャップが可笑しくなって、遥は自然に笑みが零れる。
 遥はリサにメールを打つことにした。題名なし。本文なし。ただひとつ小さなサンタがケーキを売っている写真だけ添付して送信する。

「メリークリスマス。リサ」

 小さくそう呟いて。
 会いたい人の元へ向かう遥の足取りはとても軽い。彼のクリスマスはまだ始まったばかりだ。






Fin.
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