novel*short*

□遥くんの憂鬱 (前)
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 深川遥は頭を抱えた。
辺りを少し見回すだけで目に飛び込んでくる、星のように煌めくイルミネーション。嫌でも聴こえる軽快な音楽。あらゆる店のディスプレイが季節を感じさせ、コンビニ店員ですら赤い服に身を包む。彼を悩ませるもの、それはクリスマスに色めき立つ街そのものであった。

「イヤやー!クリスマスなんて早よ終わってしまえー!!」

 所構わずそう叫び出す遥を友人たちは不思議に思う。

「なんでイヤなん?お前彼女おるやん」
「しかもたくさんな」
「ほんま嫌なやっちゃで。遥はクリスマスどの子と過ごすん?」

 そう聞かれる度に、遥はこう答えるのだ。

「誰とも」

「誰とも?!」
「お前9人の彼女はどうするんや!」
「ちゃう。今は11人」
「んなこと聞いてへん!なんでクリスマス誰とも過ごさへんねんて聞いてんねん!」
「だって…」

 だって、オレがクリスマス一緒に過ごしたいんは一人だけやもん。

「ああ、あの高校一緒やった子?」
「高校だけちゃう」
「まだその子のこと好きなん?」
「好きに決まってる!!」
「ていうか」

 友人は少し躊躇って言った。

「その子彼氏おるんやろ?」

 彼氏!!
 その言葉を聞いた瞬間、遥は卒倒しそうになった。
遥の想い人とは言うまでもなく、小泉リサのことである。小学生のときリサを好きになった瞬間から、彼女の隣に立つのは自分だと信じて疑わなかった遥にとって、リサに彼氏がいるという事実はいつまで経っても受け入れがたいことであった。
もし、その彼氏が完璧な、それこそ従兄弟の舞竹国海のような男であったら自分はここまでリサのことを引きずっただろうか。

(なんでよりによってアイツなんやリサ……)

 リサの恋人であり、遥の恋敵である憎き男の名は大谷敦士。彼を一言で表すと、小さい。とにかく小さい。誰も彼を見て大学一年生だとは思わないだろう。高校生はおろか、中学生にさえ見えない。どう見ても小学生である。
 自分よりも低い身長。自分よりも低い学歴。顔だって自分の方が何倍も、いや何百倍も整っている(と、遥は思っている)。なのに何故。
 何故そんな男にリサをとられなければならないのか。

「納得いかへん!!!」
「なにがや!納得いかへんのはこっちや!要らへんのやったら一人くらい彼女くれ!」
「それはイヤ」
「なんやねんお前!」

 誰がなんと言おうと、遥の心はひたすらにただ一人だけを求めているのだった。





 そして、その日はやってきた。

「12月…24日……」

 遥はカレンダーを鬱々と眺めた。予定欄は真っ白だった。
リサのためといって予定を入れないでおきながら、これといって彼女をデートに誘ったりはしていない。この前後輩の寿聖子と連絡を取った際に、二人がまだ付き合っていることを聞いたからだ。認めるのも悔しいが、遥が一途にリサを想うように、リサもまた一途に大谷を想っている。自分の入る隙がないことは高校時代に嫌というほど思い知っていた。

(今ごろリサはあのチビと会うてるんやろな。きっと二人でメリクリしてねん。はあ……)

 もし自分が誘っても今日という日にリサが会ってくれないということは、いくら遥であっても分かっていた。

「気分転換に散歩にでもいくか……」

 冷たい風に当たれば少しはこの憂鬱な気持ちも紛れるかもしれない。
そう思って街に出たのがそもそもの間違いだった。

「ねぇねぇープレゼントはなにくれるのぉ?」

どこからか女の甘えた声が聞こえてくる。

「なんやと思うー?」
「えーわかんなぁい」
「ヒントはさっちゃんの好きなもの!」
「んーあ、わかった!」
「なーんだ?」
「てっちゃん!」
「ピンポーン!」
「じゃかぁしいわっ!!!」

 カップルに向かって「シャー!!」とまるで猫が敵に威嚇するかのような声を出してやった。二人「きゃー!」とかなんとか言いながら逃げていく。
遥は鼻を鳴らして、それからため息をついた。先ほどからこんなことを三回ほど繰り返している。

(やっぱり大人しく家におれば良かったなあ。一人でイルミネーション見てもなんもおもんない。ますます寂しくなるだけや。あのちっこいサンタからケーキ買うて、とっとと家帰って食べ……ん?ちっこいサンタ?)

 なんとなく嫌な予感がして、遥はある一点を凝視した。そこにはサンタのコスチュームに身を包みケーキの店頭販売をしている背の低い男がいた。
 小学生か……?いやいや。
 まさかと思って近づいてみる。その男の姿が明確になると、遥は自分の予想が正しいことを知った。そして次の瞬間には意地悪い考えがむくむくと彼の心に浮かんだのだ。
 遥は素早く携帯を取りだし、構えた。そして。

『カシャッ』

 男は驚いて遥を見るが、時すでに遅し。サンタのコスプレをした大谷の写真は遥の携帯にばっちり保存されていた。

「なっ……!」
「へっへーん!チビのアホサンタげっとぉー!」
「な、なにしてんねんお前!」

 相手が遥だと分かると大谷はものすごく嫌そうに眉をひくつかせた。

「やっぱりチビには子供っぽい格好が似合うんやな。高身長イケメンのオレが着ても…いや、それはそれでアリや」
「なにをゴチャゴチャ言うてんねん!消せ!今すぐ写真を消せ!」
「イヤプー」
「ええから消せって!」
「イヤや!これはリサに送るんや!」
「やめろ。それは絶対やめてくれ」
「リサと二人で笑ったんねん。リサ…リ、サ……?」

 そこで、はたと気づいた。突然言葉を切った遥を大谷は不思議そうに見つめる。遥の頭は一つの疑問でいっぱいだった。
 何故こんなところにこの男と二人でいるのか。いや、いなければならないのか。

「おいチビ」
「チビ言うな!」
「おいチビ、こんなとこでなにしてんねん」
「また言うたな!」
「ええから答えろ」
「なにって、バイトやけど」

 バイト?!

「サンタになるんがバイトなんか?!」
「ケーキを売るんがバイトや!!好きでこんな格好してるんやない!」
「そんなんどうでもええねん!!」
「お前は何が言いたいんや!」
「リサは?!」
「はあ?」
「リサはなにしてんの?!」
「アイツも今日はバイトやて言うてたけど」
「バ、バイト?」

 ウソや。リサはなんだかんだ言うてもクリスマスとか大事にする女の子やねん。

「今日クリスマスやで?!なんで一緒に過ごさへんねん!」
「いや、オレがバイトしてもええか聞いたら、自分もバイト入らなアカンからちょうどいいって。あ、けど夜は会うで」

 付け足すように、そして牽制の意味も込めて言った大谷の最後の言葉は遥の耳にはもはや届いていなかった。

(そうか!コイツがバイトする言うたから、リサは困らせたくなくて自分もバイトするなんて言うたんや。リサは優しいねん。そうに決まってる。それなのにこのチビ……!)

「お前なんかリサの彼氏失格や!!」
「はあ?!」

 そのまま遥は駆け出した。行くべき所は分かっている。後ろから自分を呼び止める大谷の声がしたが、迷わなかった。
ただひたすら会いたい人の名前を呼びながら遥は走り続けたのだ。



To be continued…
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