novel*short*
□手を、繋ごう。
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どうやら小泉が最近キレイになったらしい。
二人で街を歩いてても、喫茶店でお茶してても、たまーに男の視線を感じる。「あの子可愛いなあ」ってヒソヒソ話が聞こえたり。その度にオレはなんか腹立って、小泉の手をこれ見よがしに取ったりする。まあ、アイツは全然気づいてへんやろうけど。
『恋するオンナはキレイになんねん!』
いつかのぶちゃんがそんなこと言うてたけど、そんときは小泉には縁のない話やて思うてた。
『アイツがキレイに?んなアホな。なれるもんならなって欲しいわ』
そんな風に答えたのを覚えてる。あん時はまだ高校生で、小泉にも毎日当たり前のように会うてて、そんな些細な変化には気づかんくらいに。
けど、今はちゃうねん。お互い忙しくてあんまり会えんから、たまーに会うたびに雰囲気が変わっていく小泉に時々少し戸惑ったりする。
ほら、またあの男…
「大谷!!!」
「うぇ?!」
突然隣に座る小泉がオレの耳を掴んで自分の顔のほうに引き寄せた。不覚にも、どきっとして…けどそれを気づかれたくなくて。
「な、ななな、いきなり何すんねん!どアホ!」
どアホはオレの方や。
「あたしの話聞いてた?」
「き、聞いてた聞いてた」
「ほな、何の話してたでしょう」
「えっと…」
「ほら、聞いてへんやん!」
ぷくっと頬を膨らませて小泉がオレを軽く睨んだ。
「どしたん、ボーッとして」
目の前に座る中尾がポテトを食べながら聞いてきた。
「せっかくのぶちゃん帰ってきて四人で会うてるんやから、集中してよー」
「悪かったって…」
誰のせいで集中出来ひん思てんねん…
高校を卒業して小泉だけやなく、中学からあんだけつるんでた中尾とも理由がないとなかなか会われへんようになったから、のぶちゃんが一時帰省したタイミングでなんとなく集まるんがオレらの暗黙の了解みたいになってる。
鈴木はまだ浪人中やから夏にみんなで行ったあの海以来会ってない。千春ちゃんも大学の勉強が忙しいらしく今日は来れへん言うてたけど、たぶん鈴木に気ーつかってるんやと思う。
「さっきからあの男の子が気になってんのよねえ」
ってニヤニヤしながらのぶちゃんが言うた。のぶちゃんは相変わらずやけど、高校の時より落ち着いたと言うか、肌も白くなって、派手だった顔もちょびっと大人っぽくなった気がする。
『北海道でがっつりメイクやと浮いてしまうんやない?』って小泉が言うとった。
そして、鋭いんも相変わらず。
「は、はあ?!誰も気にしてへん!」
「あの子がチラチラ、リサ見てるから気になんのよねえ」
「え、どの子?」
「ちゃ、ちゃう!」
「あーなるほどなあ」
「ちゃう言うてるやろ!」
「ねーどの子?」
「まあ、しゃーないて。小泉さん目立つし」
「しらん!!」
「そうそう。リサは基本的には顔整ってるからなー。大谷くんもそんないちいちヤキモチやいとったら」
「ヤキモチなんかやいてへん!」
「なー!なー!どの子?!」
「ほんでうるさいねんお前は!」
思いっきり小泉の頭をどついてしもた。
「〜〜った!」
今回ばかりはオレの八つ当たりやて分かってるから、何言われてもしゃーないなと思て、これから来るであろう小泉の文句に備える。
けど。
「あ…」
小泉は気まずそうに顔を伏せただけやった。目のはしであの男を捕らえると、あっちも同じように顔を伏せている。
知り合いか?
「知り合いなん?」
オレが聞けへんことを、中尾がさらっと聞いた。
「知り合いというか…」
はっきりせえへん小泉。その時突然のぶちゃんが「あ!」と声を上げた。
「この前言うてた電車の男の子?」
「う、うん」
電車の男の子?
「なんやねんそれ」
「いやーえーと…あは、は、は」
小泉は困ったようにヘラヘラ笑った。コイツがこういう反応する時はなんか誤魔化そうとしてる時や。
「リサ、あんたまさかまだ大谷くんに言うてへんかったん?」
「い、言うタイミングがなくてさあ」
「アホ!ちゃんと言えてあたし言うたよなあ!」
「そ、そうやねんけど…」
「…なに」
「ほら、自分で言い!」
のぶちゃんにそう怒られて。小泉は「あー」とか「うー」とか意味の分からない言葉を一頻り話してから、おずおずと話し出した。
「ま、前からな」
「うん」
「なんや電車でよー会うなって思っとたんやけど」
「あの男?」
「う、うん。でな、この前あん人具合悪そうにしててな、水、あげてん」
「ちゃうやろ。ちゃんとわざわざ買うてきて、具合よーなるまで一緒にいてあげたんやろ?」
「…ほー」
「の、のぶちゃん!面白がってる?!」
「ちょっとだけなー」
のぶちゃんと中尾はニヤニヤしながらオレの様子を伺ってる。
なんやこの先、嫌な予感しかせえへんねんけど。
「で?」
自然に口調にも苛立ちが混じる。
「…で、アドレス、渡された」
「はあ?!」
「で、でもそんだけやで!」
「はあ。送ったんか?」
「お、送ってへんよ!」
「…紙は?」
「これ、です…」
小泉が差し出してきた紙には確かにアドレスらしい英語が書かれている。
「へえ」
「あの、大谷…」
「分かった」
「へ?」
「この話はおしまい!ほな、次どこ行く?カラオケとか?」
小泉に紙を突き返して、オレは笑顔を作って席を立った。
「ほら、みんな行くで!」
「ちょ、ちょっと大谷…」
そんな風に言う小泉の手を取って無理矢理立たせて、店の外に引っ張る。
オレ、こんなんばっかやな…
店を出るときあの男がこっちを見ていたから、しっかり睨み返しといてやった。
「大谷、ええんかー?」
中尾がのんびりした口調で聞いてくる。
「なにが」
「小泉さんのヒミツ」
「ヒ、ヒミツちゃうもん!」
「人助けして、アドレス渡されただけなんやろ。それとも他になんかあんのか?」
「ない!ない!絶対ない!」
「ほな、どうでもええやんけ」
「おー大谷くん、成長したなあ」
「なにがやねん」
オレがそう答えると小泉は安心したように笑って、のぶちゃんと前を歩き始めた。
ほんまは。
ほんまは、めっちゃ腹立つけど。めっちゃ嫌やけど。
けど、ここで文句言うたら空気も悪なるし、何より小泉のこと信じてへんみたいやし。
背がコイツよりちっこい分、器は大きないとあかんやろ。
「器がおっきいんと、我慢すんのはちゃうと思うけどな」
「……」
中尾はたまに嫌なことを言う。
しゃーないやんけ。
オレは前でアホな顔して笑ってる小泉を複雑な気持ちで見つめた。