novel*short*

□若さのヒケツ
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「失礼しました…」

 そう言って丁寧に扉を閉めた瞬間、一気に目眩が襲ってきた。
 なんなんコレ?!めっちゃ疲れるやん……

「小泉さん、もう一度部屋に入ってきてください」
「あ、はい」

 もう一回「失礼します」言うて部屋に入ると、さっきと同じキツい眼鏡をかけたオバハンがじとっとあたしを睨み付けた。

「どうぞ、座って」
「は、はい」
「失礼します、は?」
「え?」
「座るときもきちんと言わなあかんよ」
「あ、すんません」
「申し訳ございません。言葉遣いももうちょっと直した方がええね」
「は、ははははい。も、申し訳ごじゃいません」
「いくらマナー講座言うても、本番に活かすための講座なんやから真剣にやってくださいね」
「はい……」

 真剣にやっとるんやけど……。
 専門二年目になって、いよいよあたしも就活が始まる。今はその準備段階で、慣れないマナーのお勉強や、企業研究なんかをしてる。もちろん普段の服飾の課題も就活に向けてより難しくなってきて。
 なんや働くって大変やな…
 ガックリ肩を落としながら就職課の部屋を出て、トイレに向かう。鏡に映ったあたしは、どよんとしていて、目の下にクマ、疲れきった表情をしてる。老けたな、あたし。

「帰ろ…」

 そういえばこの前大谷に年上に見えるって言われたもんなー。
高校時代に特に部活もせえへんで、受験もなかったあたしは、忙しいことに免疫がない。池辺でバイトはしたけど、なんやかんや楽しかったしなあ。
 高校時代にがんばったもんといえば、大谷くらいしかないねんもん。

 けど、もうそんなんも言うてられへん。やっぱり服飾の仕事につきたいねん。もっと言えばスタイリストになりたい。

「がんばらな!おー!」

 一人で拳を突き上げると、

「おーおー元気やのう」

 後ろから、声がした。校門に誰かが寄りかかってる。ちょっと猫っ毛の背の低い男の子が、「よっ!」とあたしに向かって手をひらひらさせた。

「大谷?!」
「でかい声出すなよー」

 大袈裟に耳をふさいで、顔をしかめる大谷。

「えーなに?!どうしたん?なんでいるん?」
「んーちょっと近くに来たから」
「そうなんや!あれ、でも今日サークルって」
「終わってから来たんや」
「え?でも大谷の学校この辺やないやん」
「サークルの練習がこの近くやってん」
「そうなん!ほな練習見たかったのにー」
「アホか。お前今日マナー講座やったんやろ」

 あ、そうやった。
 会えたんが嬉しすぎて一瞬忘れとった。
 てか……

「あ、あかん!!」
「は?」

 あたしはすごい勢いつけて回れ右をして、大谷に背を向けた。

「なんやねん」
「あ、あっち向いて!」
「なんで?」
「い、いまあかんねん」
「なにが」
「なんか、色々…」
「は?」

 怪訝そうに大谷が顔を覗きこんでくる。それから逃げるようにくるくる回るあたし。

「なんで逃げんねん!」
「だって!」
「なんや!」
「か、顔が…」
「顔?」
「顔、顔…を見んといてください」
「顔がどうしてん」

 どうしたもこうしたも…

「ふ、老けてんねんもん」
「はあ?」
「最近課題とか、説明会とかで寝てへんから…クマとかひどいし。お、大谷もこの前言うてたやん…」
「オレ?」
「年上に見えるって。老けてるってことやろ」
「え?オレそんなん言うてへんよ」
「言うたよ!」
「いつ」
「なんか黒染めがどうとか話した日に」

 そういうと、大谷はしばらく考えて、思い当たることがあったのか「アレか」と呟いた。

「アレはそういう意味ちゃう」
「じゃあどういう意味よ」
「どういうて…てか、ええ加減こっち向け」
「いややー。見られたないもん」
「…何年お前と付き合うてる思てるんや。今さら顔とかなんも思えへんわ」
「そういう問題ちゃう!」
「なんやねんお前!もうええからこっち向けって」
「いやー!」

 しょーもないなと自分でも思うけど。
でも見られたないんやもん。たまにしか会えんのに、もっと楽しそうな顔してたいやん。
こんな、疲れて、怒られて、ぐちゃぐちゃな顔見せたない。
 あーあ、せっかく会えたのにな。

「大谷くん?」

 その時、突然声がかかった。

「あ…」

 大谷の、しまった、という顔。その視線を辿ると、可愛らしい女の子。就活で疲れたあたしとは違って、ちゃんとメイクをして可愛い服着てキラキラしてる女の子。

「あ、やっぱり大谷くんや。なんでこんなとこいるのー?」

 女の子が、そそそって大谷に寄っていく。
 …ふーん。仲、ええんや。

「い、いや。その…」
「あれ」

 女の子とあたしの目が合う。

「お姉さん?」
「え?」
「……」

 ほーら、やっぱり。
 カノジョになんか見られへんねん。

 キラキラの大学生から見たら、就活生なんてオバハンに見えんねん。
 なんだか大谷にはこういう子がお似合いな気がして、あたしはぷいっとそっぽを向いた。けど。

「ちゃう。彼女」

 拗ねたあたしをよそに、そんなふうに大谷がきっぱり言うから、

「あ、こんにちは」

 笑顔で挨拶するゲンキンなあたし。

「あ、そうなんや。こんにちは」

女の子もニコッと笑う。可愛らしいなあ。

「あ、だから今日サークル来えへんかったん?」
「あ、ちょ…!」

 え?

「そっかー。デートやったからサークル来なかったんや。めずらしいおもたんよねー。大谷くんもただのバスケバカやないんやねえ」
「いや、そうやなくて、あは、あははは」
「照れなくてもええやーん」

 女の子はニヤニヤしがら「ほな、私用事あるから。彼女さんもまた!」って走って行ってしまった。
大谷を見ると居心地悪そうに、うつ向いている。なんとなく頬も赤い?

「…サークル行ったんちゃうの」
「い、行った」
「今あの子来てへん言うてたやん」
「う…」

 今度はなんとなくやない。大谷の顔は間違いなく真っ赤で。

「なーなんで嘘ついたん?」
「ついてへんわ!」
「ついたやん。サークルのついでに来たって」
「……」
「なーなんで?」
「…うるさい」
「うるさい?!ちゃんと言うてよ!」
「……イヤ」
「なんでよ!気になるやん!」
「あーうるさい!だいたいお前が!」

 いきなり声を荒らげて、真っ赤な顔した大谷があたしを睨み付けた。

「お前がちゃんと終わる時間言わへんからやんけ」
「へ?」

 一瞬意味が分からんくて。でもそのうち答えが分かって。嬉しくて思わず笑うと、大谷はそのまま顔をそらしてしまった。今度はあたしが大谷の顔を覗きこむ番。

「なー」
「なに」
「なーなー」
「なんや」
「うふふふふ」
「キモいねん!」

 べしっと頭を叩かれた。

「痛っいなあもうー。ふふふ」
「笑うな」
「なー待っててくれたん?」
「……そんなんちゃう」
「ずっと?」
「…しらん」

 こういうのが照れ隠しやって、もうあたしは知ってるから。

「ごめんな。次はちゃんと終わる時間言うから」

 そう言うと大谷はやっと顔を上げてくれて、

「…頼むわ」

ぼそっと言った。
 やっと目が合うあたしと大谷。そしたらふっと大谷が笑った。

「ほんまにクマあんねんな」
「あ!」
「ええから!もう隠すな!めんどくさい!」
「だってぇー」
「別に気にならんから」

 大谷がそう言ってくれるなら、まあもうなんでもええかなって思える。

「アレそういう意味ちゃうからな」
「アレ?」
「年上に見える言うたん。老けてるいうんとちゃう」
「あーほな何?」
「…言わん」
「えー!」
「言わん。ハズい」
「なんやそれ!ほなヒント!」
「なんやねんヒントって」
「当てたらこれから行くカラオケおごって」

 あたしがそう言うと大谷がびっくりした顔をした。

「カラオケ誘おう思てるのよー分かったな」
「何年付き合おうてる思てんのよ」

 二人で顔を見合わせて、二人で笑った。

「行ける?」
「うん。もう課題も終わったし、パーっと遊びたいねん!」
「そうか。ほな、ヒントは」
「うん」
「お前の黒髪が似合うてるってこと」


「は?」
「よし!カラオケいこか!」
「え、意味わからん!もう一個ヒント!」
「アホか。もう一個とかなしじゃ」
「えー!」
「うるさいて。行くで!」

 大谷はまた顔を真っ赤にして、あたしの手をぐいぐい引っ張った。
 ほんまは。
 ほんまは答えちゃんと分かってんねん。黒髪が似合おうてるて言った後、言うてくれたもんな。
 「きれいや思う」って。
 でももう一度言ってもらいたくて、わざと分からない振りをする。

「ヒント!ヒント!」
「子どもか!」
「大谷せんせー、ヒント!」
「黙って歩け!」

 こんなふうに大谷とアホなことやってるだけで、高校生の時みたいに戻られる。あー、あたし全然老けてへんやん。
 ずっとこうしてアホなことやってたいなー。
 な、大谷!


「でも、大谷が待っててくれるなんてめずらしいなあ」
「だからちゃうて…」
「まるであたしみたいやね!」
「…小泉部作ったる約束したからな」
「え?」
「受験支えてもろたお返し。今度はオレが応援したんねん」

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