novel*short*

□くろかみ
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 小泉が最近髪を黒くした。
理由は就活のため。まだ本格的に始まったわけやないけど、アイツは着々と準備を進めとる。
最近は説明会やらインターンやら忙しそうで、めっきり会えんくなった。髪を黒染めしたんもその一環やねんて。

「なんかなあ……」

 無意識に、はあ、と息を吐くと、

「どしたん?」

 リクルートスーツに身を包み、見慣れない黒髪を一つに束ねた小泉が首を傾げた。じっと見つめてるオレの視線に、小泉は「な、なによ…」とたじろぐ。

「お前、すっかり就活生やなあ」

感心するように呟く。

「あったりまえやん。あたし専門やし」
「そうやんなあ」
「大谷、なんや深刻そうな顔してるからびっくりした」
「深刻そう?オレが?」
「うん」

 そら困ったなあ……。
 声に出したかは知らんけど、そんな事を思って。
「あー!もう!」と髪をかきむしった。突然声を大きくしたオレに驚いて小泉が体をびくっとさせる。

「なに?!」
「いや……」
「あんた今日おかしーなあ」

 小泉が眉をひそめて、目の前のアイスティーを一口飲んだ。
 そら、おかしくもなるっちゅーねん…。
 ふと横を向くと、窓ガラスに映ったオレと小泉が見える。髪を黒くしてちょびーっとだけ大人びた小泉と、茶色い髪をしたオレ。それはまるで。

 まるで姉弟みたいや……

 そう思うと、自分が茶髪なのが、突然なんだかすごくアホらしくなってくる。

「オレも黒染めしよっかなー」

 ぼそりと言うと、小泉はきょとんという顔をした。

「黒染め?なんで?」
「なんや茶髪っていかにも大学生って言うか…」
「だって大谷、大学生やん」
「いや、そうなんやけど。なんか、ださいやん」
「えー?そんなことないよー」
「小泉も髪の毛黒なったし」
「やってあたしは就活すんねんもん」
「せやから、オレも…」
「え?!大谷もう就活すんの?」
「ちゃうて!そんなんやなくて…あー!もうええわ!」
「なんよそれー。わけわからーん」
「お前が年上に見えて気ー悪いねん!」
「年上やん!」
「誕生日がちょっと早いだけや!!」

 オレん中のよー分からん焦りをうまく伝えられんくて、なんだかちょっとイライラした。

「あたし、大谷の茶髪好きやけどなー」
「え?」

 オレの気も知らんと、小泉がニコッと笑う。

「似合ってるもん」
「…そうか?」
「うん!」

小泉は「それに」と続けた。

「それにどうせ大谷も就活の時に染めなあかんねんから、今のうちに遊んどいたほうがええでー」
「まあ、そうやな」
「そうそう。髪黒くして、スーツ買うて、靴買うて、たくさん説明会いかなあかんねん。まあ教職についてはよー分からんけど。やから今のうちに大学生やっときって!」
「……」

 そんなことを言う小泉が急にすごく大人っぽくて。
なんやコイツってやっぱりちょっと面白くない。

「ふーん。就活って大変そうやな」
「あ、他人事や思て」
「他人事やし」

わざとそっけなく言ったのに、何故か小泉は嬉しそうな顔をした。

「なんや」
「えー?前と逆やなって!」
「逆?」
「大谷の受験のときにあたし言われたやん。『他人事やな』って。で、『他人事やもん』って答えたの。それの逆!」

 そんなことあった…かな?
もうよー覚えてへんけど。覚えてんのは、
あのクリスマスにくれたアホみたいなはんてんとハチマキとか。
受験直前のアホパンチとか。
「がんばれ!」って笑顔とか。
やたらめったらむちゃくちゃ応援してくれた小泉……

「そうやな…逆やな…」
「そうそう!」

 目の前で笑っとる小泉は、黒髪やけど、 あの時の笑顔とちっとも変わらなくて。
 アホか、オレは。
今さら見た目とか気にして、勝手になんや置いていかれた気になって、焦って、なんやこのままコイツが離れていってしまうんやないかって不安になって。
アホか。コイツ全然変わってへんっちゅーねん。

「かっこわる!」

オレ、めちゃんこカッコ悪いな。
そういう意味で言ったのに、何故か小泉がムッとした顔をした。

「そんなに似合ってへん?」
「は?」
「く・ろ・か・み!」
「そんなん言うてへんやんけ」
「今かっこわるい言うたやん!」
「ちゃうやんけ、お前…」
「ふんだ。ええねん。自分でも変なの分かっとるし!」

 あーあ。スネてしもた。
そんな小泉がなんだかおかしなって、オレはぷっと吹き出した。

「なっ…!笑われるほど変やない!」
「ちゃうやん」
「もう大谷なんかしらんもん。大谷が黒髪にしたとき思いっきりバカにして」
「似合おうてるよ」

 遮るように言うたった。

「え」
「似合おうてる。キレイや思う」
「き…」

 小泉が大袈裟に目をぱちくりさせるから、なんだかこっちまで恥ずかしくなって。

「お、大谷」
「なんや!」

思わず口調が強くなる。

「もういっかい言うて!」
「言わん!」
「お願い!」
「しらん!」

 「ケチ!」とかなんとか言いながら小泉はもうご機嫌に戻ってる。ほんま簡単なやつやで。

「なー大谷」
「なに」
「まだ黒に染めんといてな」
「なんで」
「なんでも」

 …へんなやつ。
 けど、小泉がええ思てくれるんならもう少しこのままにしよか。
そんで今度はオレがおもっきし応援したんねん。

「小泉」
「ん?」
「小泉部作ったろか」
「あは。よろしく」

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