My Boy Friend.

□契約期間は、2週間。
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今まで、胡座かいていた中村さんが、急に居住まいを正した。
そして、上目遣いで、私を覗きこむように見る。
「ななしさん、お願いがあるんだけどさ…」
私は被せるように言う。
「本当の名前、教えて下さい。芸名があるなら、それも」
中村さんは、頭の後ろを掻いて、一つ息を吐いた。

「イ•ジュンギ」

私は、ケータイを取り出して検索してみる。
「ねぇ、俺の事は、俺が話すよ」
「中村さん…や、イさんは信じられない」
「どうして」
「韓流スターなんて、馬鹿みたいな冗談吐くから」
イさんは、はっと息だけで笑った。そして私の側に寄って、一緒にケータイ画面を見ている。
頬にイさんの、髪の毛が触れる。
彼の甘い香りが、鼻先をくすぐる。

心がざわめく。

「イさん、あっち行ってよ」
「ねぇ、その呼び方やめてくんない?」
「なら、なんて呼べばいいの」
「オッパ」
「はぁ?」
「ジュンギオッパでもいいよ。ななし、俺より歳下でしよ?韓国語でお兄ちゃん〜って呼んで。イ•サンなんて時代劇みたいじゃん。オッパの方が語感的にも、明るくていいじゃん」

ジュンギ…オッパ。

と、呼んだら吊っていた目尻が、かくんと下がって顎の下を撫でられた猫のような甘えた顔になった。

一体本当に幾つなんだろうか。

私の方が年下という事は、きっとSPから聞いて分かったのだろうけど。

そしたら、少なくとも。

と、考えている内に、ケータイ画面には、イ•ジュンギの画像が出て、それが目の前の美青年と瓜二つで。

というか、本人だ。

「ななし、これで信じた?俺が韓流スターって言ったの、冗談じゃないって」

私は、震える口を開き。

「なんで、韓国のスターが、ここに…」
「やっと、普通の子の反応をしたね。観光に来たんだ。そこで、君に会って、恋に落ちた」

私は、おでこを掻いて。
「そんな嘘みたいな話、信じろと?」
「うん」

ふっと、視線を宙に浮かせた。
置くなら、TVの脇にあるサボテンの土の中だと思い、腰を浮かして、サボテンの植木鉢を持ち上げた。

「ななし、どうしたの?」
「カメラ探してる」
「そんなんあるわけないだろ」
「ジュンギさんの話の方が、あり得ないです」

ジュンギさんは、やれやれと首を振って息を吐いた。長い前髪が息に持ち上げられる。

そして、テーブルを人差し指で、トントンと叩いて。
「ちょっと、座りなさい」
私は、おずおずと、ジュンギさんの隣に、間隔を置いて座った。

「ななしが、動揺するのはわかる。俺も、やり方が唐突過ぎると、少し反省もしてる」
と、ジュンギさんは、抑揚のない声で言う。本当に反省しているのか、わからない。

「けど、嘘じゃないから。好きだという事」

ジュンギさんの顔を、じっと見た。
奥二重の目尻の切れが長い。
すっと伸びた鼻筋。
女性のような、薄い整った形の唇。

こんな綺麗な人、今まで出会った事がない。

なのになぜか、知っているような気がする。

黙り込んで、まじまじと、彼の顔を見つめていたら、近付いてきた。
私は、反射的に手の平を彼の顔面にあて、押しのけた。

「何」
「いや、ななしが、うっとりとした表情をしていたからさ、今がチャンスだと思って」

と、へへっと人懐こい表情をみせる。私は、次につなぐ言葉を失う。

「ネットに俺の事なんて書いてあった?」
「図々しい、芸能人」
「アンチサイトでも、検索したの?」

そう言って私のケータイをひったくって、自分のプロフィールを朗々と読んだ。
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