→素直
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自分が眠っていた時間のことを訊いてこなかった。
今の時間を愛しんでいるようだった。
「拓はさみしい人だったのかもね」
拓海の言葉に俺も目を開けた。
「透明な防音壁の部屋の中でずっと圭助を呼んでいたんだよね。いつか壁が壊れて外に出れる日を待っていたんだ」
拓海の雰囲気が何だか変わったような気がする。
拓という人格が統合されて、拓海に変化をもたらしたのか。
俺は起き上がった。
拓海も重たそうに体を起こす。
「拓のこと忘れないよ。ずっと忘れないから」
もう拓はいないのかもしれない。
でも言わずにはいられなかった。
拓海はそれを聞いて小さく笑うと頷いた。
「俺も忘れない」
人が死ぬのと違って、拓がそこにいた証明は残らない。
たがら俺達が覚えていなければ拓は本当に消えてしまう。
「もうお昼になっちゃうから起きようか。おばさんに顔見せてあげて?」
「うん」
ベッドから下りると後ろから抱きつかれた。
驚いて硬直する。
「・・・ありがとう」
不器用な彼からの感謝の言葉。
このまま食べてしまいたい衝動に駆られたが、ぐっと堪えた。
まだ俺には早過ぎる。
拓海を抱くなんて。
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