○第一篇

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着信音。

日本の曲だ。
何年か前の古い曲だけど。

通話ボタンを押すと母親のけたたましい声が耳をつんざく。

「今着いたってばー。うん、もう心配いらないからー」

まだ声はしていたが電話を切る。

それにしても蒸し暑いな。

太陽光を直接浴びて目を細める。

「待っててね、直ちゃん」



野沢は鼻歌を歌いながら物理室の床をほうきで掃いていた。
頼まれたバケツを用具室から持ってきた時に発見した。

野沢に俺の視線に気付いて咳払いをする。

「何かあったんですか?」

よくぞ訊いてくれたと言わんばかりの顔になって野沢は教室の隅っこの塊を指差した。

もぞもぞと動く黒い布。

「・・・?」

近付いてめくる。

「いやあぁ!」

細い腕が伸びて布を奪い返そうとする。
暴れるのでほこりが立ち込めた。

「・・・先生、何です、これ」

正体は分かっているものの訊かずにはいられない。

野沢はにっこり笑う。

「掃除なんか嫌だって言ってるでしょ!」

布の中の人物―円が頭にほこりを被りながら顔を出す。

「掃除さぼった罰」

野沢は円に雑巾を投げる。
顔面直撃は免れたが頭にぼろぼろの雑巾が乗っかる。

それを見て吹き出す俺。

円は笑われて顔を真っ赤にすると雑巾を引っ掴んだ。

「円、お前掃除さぼったの?」
「HRが終わるとすぐにどっか行くんだからな」

円の代わりに野沢が答える。
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