短編 T

□彼女限定の思い遣り
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仁王の思い遣りと優しさは。

彼女限定の特別なものらしい。










『彼女限定の思い遣り』










ぶるりと身震いをした香乃の頭に、ふわりと何かが被さった。

いい匂いがする温かい芥子色が、香乃の視界を塞いでいた。





「え?」

「寒いんじゃろ? 着ときんしゃい」





頭に掛かった何かをもぞもぞと剥がしてみれば、それは立海大附属男子テニス部のレギュラージャージだった。

すぐ近くから聞こえた声へと視線を向けてみれば、仁王が香乃を見下ろしていた。

少しばかり笑みを含んだ仁王の表情。

だが、いつものような人を食ったような挑発的な笑みではない。

ただただ優しさだけが滲むこの笑みは、香乃だけが見ることのできる特別なものだった。

香乃は確かに寒くはあったが、レギュラージャージを投げ寄越した仁王の姿は、半袖のテニスウェア。





「でも仁王先輩が」

「俺なら大丈夫じゃよ」





仁王が風邪をひくからと遠慮しかけた香乃の頭を、仁王が撫でる。

撫でつける仁王の手のひらが優しく、香乃は猫のように双眸を細めた。

そんな香乃の表情に、仁王は小さく笑みを漏らした。

「お前さんは可愛いの」なんて言いながら。





「さっきまでの基礎練でちと暑いんよ。それに」





テニスラケットでコートを指し示す仁王。

別段必要もないのに、仁王は香乃の目線に合わせるように背を屈める。

これはもう、香乃と話す時の仁王の癖のようなものだった。

最初は、声の小さな香乃の言葉を聞き洩らさないようにと始めたその仕草。
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