コンラッドにお土産




「おかえりなさい、陛下、猊下」

おれと村田は例にもれず眞王廟の庭の噴水にやってきた。

今日の出迎えはヴォルフラム、コンラッド、ギュンター、ウルリーケか。

噴水から上がって、タオルを渡され濡れた体を拭くのに、手にしていた荷物を
ギュンターに預けた。

「これはなんですか? 陛下。また向こうの珍しいものをお持ちになったのですか?」

「いや、別に珍しいものじゃないけどね」

「またお前はなにか持って来たのか?」

「今回はお前にじゃないんだ、ヴォルフラム」

「なに? この浮気者」

「あははは、他意はないんだけど。コンラッドに、ね」

「え? 俺に?」







血盟城に到着すると、ちょうどあと少しでお茶の時間だった。

「じゃあ、コンラッド、これ」

おれは向こうから持って来た荷物の袋をコンラッドに渡した。

「ありがとうございます、ユーリ。開けてもいいですか?」

「うん」

コンラッドは袋を開けて出てきたものをテーブルの上へ並べていった。

特徴のある漏斗、目の詰まった布の袋、中身がぎっしり詰まったアルミパック数個。

ギュンターが興味深そうに息をついた。

ヴォルフラムが覗き込んで不思議そうに首をかしげた。

「これはいったいなんだ?」

コンラッドが嬉しそうに答えた。

「コーヒーだ!」

「「こーひー?」」

おれは話した。

「おふくろがさ、コンラッドは絶対コーヒーが好きだって言うんだよ。向こうに
行ったときに、美味そうに飲んでたって。こっちにはないだろ? だから、お土産」

コンラッドが感激した顔をおれに向けた。

「ユーリ」

ヴォルフラムが漏斗…ドリッパーを持って底に空いた三つの穴から向こう側を覗き
込みながら尋ねた。

「そのこーひーというものは、飲み物なのか?」

「うん。地球じゃ人気のある飲み物だよ。苦いし、カフェインも多いからおれはあまり
好きじゃないんだけど」

「かふぇいん??」

「まあ、それはあまり気にするな(説明が面倒だから)」

コンラッドはグアテマラのコーヒー粉の入ったアルミパックの説明書きを眺めながら言った。

「もうお茶の時間になります。これを淹れましょう。陛下も飲みますか?」

「おれはいいや」

「ヴォルフラムやギュンターは?」

「私もせっかくなのでいただきたいですね」

「ぼくも飲んでみたい」

おれは苦笑半分にヴォルフラムに確認する。

「あー…ヴォルフラム、大丈夫か? すごく苦いんだぞ?」

「え? そうなのか? そんなものがどうしてチキュウでは人気があるんだ?」

「…なんでだろー?」

コンラッドが爽やかな微笑みを浮かべながら言った。

「おそらくヴォルフラムの口には合わないと思うから、一口味見だけしてみるんだな」

「なに? そんなもの、ぼくにだって飲めるぞ」

「ヴォルフ、悪いこと言わないから、一口にしといたほうがいいよ。おれ、初めて飲んだ
時は気持ち悪くなったんだ」

「ああ、おそらく普段口にしているお茶の方がずっとおいしい」

おれとコンラッドの説得にヴォルフラムは折れた。

「…そうなのか? まあ、では、味見だけしてみようか」

コンラッドはご機嫌でアルミパックを撫でながら話した。

「ドリッパーとフィルターも持ってきてくださったんですね。しかもネルフィルターだ」

「おれ、あまりそういうのよくわからないからおふくろに任せちゃったんだけど。気に入って
くれたならよかったよ」

コンラッドはニコニコしながら、厨房の方へフィルターとドリッパーとグアテマラのコーヒー
粉を持って歩いて行った。

ギュンターがキリマンジャロのコーヒー粉のアルミパックを眺めながら言う。

「しかし、陛下、なぜコンラートに土産を?」

「コンラッドには特に何度も命を救われてるし。…いつもおれ、土産ってヴォルフラムにばかり持って
くるからたまには、と思って、あはははは。今度はギュンターにも何か持ってくるよ」

「へ、陛下、そんな! そのお気持ちだけでこのギュンター、陛下の愛で満ち溢れておりますぅぅぅ!」

血を見た。

おれが触れると止まらないので、ヴォルフラムに任せておく。

やがて、お菓子とともにコーヒーやお茶が運ばれてきた。

「ヴォルフラム、ほら。飲んでみるかい」

コンラッドがミルクを入れたコーヒーの自分のカップをヴォルフラムの方へ寄越した。

「ああ」

ひとくちコーヒーを口にしたヴォルフラムは、しばし無表情のまま固まった。

コンラッドが口元を隠して、ぷっと小さく笑った。

「ヴォルフラム、別に害のあるものではないから、飲み込んでしまうんだ。口直しにいつもの
お茶があるから飲むといい」

ヴォルフラムは黙ってコーヒーを飲み込んで、自分用のお茶を口にした。

一息つくと、ヴォルフラムはコンラッドを睨んだ。

「コンラート、笑ったな?!」

「悪かったよ」

コンラッドは爽やかに微笑むと、ヴォルフラムに預けていたコーヒーの入ったカップを自分の
方に引き寄せ、口にした。

「あ」

「どうしました? 陛下」

砂糖をこれでもかと入れてコーヒーを飲んでいたギュンターがおれに声をかけた。

「いや」

コンラッド、ヴォルフラムと当たり前のように間接キスしたな。

コンラッドが話す。

「俺もはじめはまずいなと思ったんだけど、飲んでるうちにないと寂しいと思うようになって
きてね。こっちで飲めるなんて思いもしなかったな。ありがとうございます、ユーリ」

「うん。さっきも言ったけど、たまにはヴォルフ以外の人にもお土産持ってこないとね」

「お気遣いなく。お気持ちだけで十分ですよ」

ヴォルフラムはもう何事もなかったかのような顔で焼き菓子を口にしている。

彼は甘党だ。

甘いコーヒー牛乳のように調整したら、ヴォルフラムでも飲めると思うんだけどなあ。

それともヴォルフラム用にハーブティーかなんかでも一緒に持ってくればよかったか。

おれ、そういうのさっぱりわっかんねえからなあ…。







夜、遅い時間になって、自室に引っ込もうとしていたところ、広間のバルコニーで空を
眺めているコンラッドとギュンターを発見した。

二人は手に薄茶の液体が入ったグラスを持ち、傍らには瓶がある。

酒を飲んでいるようだ。

「どうしたんだ、コンラッド、ギュンター。こんなところで宴会か?」

コンラッドが答えた。

「ユーリ。まだ眠くないのでちょっと星でも眺めてるんです。あなたも珍しく遅いですね。
おやすみにならないんですか?」

「もう部屋に行くところだよ。ちょっとグウェンと明日の話をしてたら遅くなったんだ」

「おやすみなさい」

「ゆっくりとお休みなさいませ、陛下」

「おやすみ」

挨拶をして、おれは自分の寝室へ向かった。

部屋に入ると、とっくに寝ているだろうと思っていたヴォルフラムが起きていて、テーブルで
酒を飲みつつ本を読んでいた。

「あれ…どうしたんだ? こんな時間まで起きてるなんて」

「ん…なぜだか知らないが、一向に眠くならないんだ」

「布団で横になってたらそのうち眠くなるんじゃないのか?」

「さっきまで横になってたんだ。飽きた」

「いいから来いよ。そんなところで本読んでちゃいつまでたっても寝れないよ」

おれはパジャマに着替えると、ヴォルフラムの手を引いてベッドに入った。

ヴォルフラムにぴったりと寄り添っておれは布団に潜り込んだ。

身体が暖かくなる。

ふわふわと眠気が訪れる。

「どう? 眠くなってきた? ヴォルフラム」

「全然」

「え?」

「まるで真昼間のように欠片も眠くないんだ。どうしたのだろう」

はっと思い当った。

「あ!」

「なんだ?」

「カフェインかな?! コンラッドとギュンターも眠くないって言ってた…」

「なんだ、その、かふぇ…とかいうのは?」

「コーヒーに含まれている成分で、覚醒作用があるんだ…けど…お前、ひとくちしか
飲んでないのにそれ、おかしいよな」

「よくわからん」

「あまり気にせずにごろごろしてたら眠れるよ、きっと」

「そう言われても」

「じゃ、おれが気を逸らさせてあげる」

おれはヴォルフラムにちゅ、と口付けた。

「んっ!」

「ついでに程よく疲れて一石二鳥、かも?」

おれはヴォルフラムの首筋に唇をつけつつ、ネグリジェの裾から手を滑り込ませた。

「はぁ…っ、ユーリ…!」

痺れるような甘いひと時に溺れた。







「はあ…」

「…っ」

息を整えて、おれはヴォルフラムの顔を覗きこんだ。

「どう? 疲れたんじゃない? 眠れそう?」

ヴォルフラムは腕を額に当てて、目を閉じた。

「…疲れたことは疲れたが…眠いかといったらそうでもないような…」

「そうなの?」

「ああ…」

普段のヴォルフラムはすぐ眠りたがる。

おれがいくらもっと抱きたくっても一回が限度ですぐ寝ちゃうんだ。

こんなチャンスもうないかも。

「じゃ、眠くなっちゃうまで続けようか」

「なにを?」

おれは言葉で返事をせずに、ヴォルフラムの鎖骨にキスを落とし、指先で胸を探った。

「う、わあぁぁぁっっ!!ユーリっっ!!」

「なんだよ、色気のない声」

「ね、眠くなった、もう眠れるぞ。だからもうしなくていいっ」

「嘘つくなよ、なんだよ、そんなにいやなのか? したくないのかよ?」

「……ぅで…」

「え? なに、聞こえなかった。もう一回言ってよ」

「…あんなの、ずっと続けられたら……気が狂いそうで…いや、絶対おかしくなってしまう」

それは、はじめて聞く理由だった。

てっきり、いつも、眠いから一回で終わるんだとばかり思ってた。

「……それは、『よくて』なの? 『悪くて』なの?」

「き、訊くなっ、馬鹿者!」

おれはこみあげてくる笑いを押さえられないまま、ヴォルフラムをベッドに押し付けて唇を
合わせた。

「おかしくさせちゃおうっと」

「ユ、ユーリ…!」

結局ヴォルフラムは明け方ごろになるまで眠気が訪れず、おれもその時間まで一緒に起きて
ちょっかいをかけていた。

いつも起きる時間に、コンラッドが何の前触れもなくミルクと砂糖がたっぷり入った
コーヒーを二人分持ってきてくれたのには感心した。

それを飲んでヴォルフラムが日中あまり眠そうにしてなかったから、やはりヴォルフラムは
カフェインで目が覚めやすい体質なのかもしれないな。

これから、ちょっと苦いのにも慣れてもらって、夕食時にでも時々飲ませてみようか。

あ、その前に、おれも飲めるようにならないとダメか。

コンラッドに土産を持ってきたつもりがすっかり自分の楽しみ用になっちゃったなあ。

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