ユヴォ連載駄文

□No.1
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STAGE2.Seeing you



最近おれはファンの子たちに『陛下』と呼ばれるようになってしまった。

演奏してる時の雰囲気が堂々として王様然としているんだとか。

「ユーリはカリスマ性があるんだよ」

村田が言う。

「ヴォーカルがのんきにそんなこと言っててどうするんだよ、村田」

「いいんだよ、僕らは二人で1セットなんだから。……あー、もちろんサポートメンバーの
みなさんの方が偉大なんですけどねっ」

村田は背後のグウェンダルを振り向いて言った。

「余計な気遣いは無用だ。所詮私はサポートなのだから」

グウェンダルは昔から表街道を突っ走ってきた海外でさえも有名なベテランギタリストだ。

こんな若造コンビのサポートにつくだなんて恐れ多いにもほどがあるのに、現実は奇妙なこと
この上ない。

ちなみに、ハーフらしい。

ハーフと言えば、コンラッドもハーフだったな、確か。

「ユーリ」

「うわっ!」

「……どうしました、そんなに驚いて」

「い、いや。すごいタイミングで出てきたから心を読まれてたのかと……。な、何? コンラッド」

「最近、元気ないですねって、声をかけてたんですよ」

「そう?」

そりゃ、あれだろ。

あれから、出来上がったプロモーションビデオの映像をおれは家で何度繰り返して観たことか。

キラキラと輝く本物の金髪(演技にかこつけて少し触れてみたら信じられないほどふわっと柔らか
かった)、まっすぐな翡翠の瞳、透き通る白い肌、ほんのりと薔薇色の頬。

長い手足はのびのびと動いて、健康的で、でもどこか品がある。

撮影の衣装は白いひらりとしたワンピースで、それがまたのびやかな全身によく似合っていた。

動くたびに、風がふわりと吹くたびにスカートの裾や袖が金色の髪とともにふわりと舞った。

撮影が終わって話した時の豊かな表情を思い出してはため息が出る。

また会いたい。

また話したい。

どうしておれは、彼女……ヴォルの連絡先をあの時訊かなかったんだろう。

そうしてPVの撮影から2カ月経って、その曲の発売になり、ライブ式の音楽番組の収録があった。

スタジオに客が入ってその前で演奏している様子を収録するあれだ。

「キャー! 陛下−!!」

「GEIKA!! 素敵ー!!」

「陛下ぁぁぁ!! お慕い申し上げておりますぅぅぅ!!」

「ユーリ、なんかやたら美形の男のファンがいるね……」

「見なかったことに……」

客席は人ごみで、更にステージ上はこれでもかと言うくらいのライトアップがされている。

客の顔はほとんど見えない。

客がいる感覚は耳が頼りだ。

演奏が始まった。

とても盛り上がって、おれも我をなくしていく。

曲の二番に差し掛かるところでおれが英語のラップのようなコーラスを入れるところがある。

それを言おうと歌詞を思い出しているところで、ふとその声が聞こえた。

「ユーリ」

特に大きい声じゃなかった。

普通なら歓声に紛れて当然聞き取れなかっただろう。

でも、その声はこの2か月おれがずっと望んでいた声だったんだ。

すっと顔をあげるように、『そこ』を向いた。

ろくに見えないはずの客席なのにまるでそこにスポットライトが当たっているかのように
はっきりと彼女が見えた。

綺麗なはちみつ色の髪は見間違えようもなくそこに存在し、エメラルドの瞳がおれを見ていた。

視線がぶつかる。

そのまま、おれはコーラスに入り、もちろん手はずっとベースでビートを刻んでいる。

ヴォルの全身は見えないが、変わった刺繍のダーク系の色のカットソーを着ているのがわかった。

ロックをやるおれたちのライブの雰囲気に合わせてくれた服装なんだろう。

おれは見つめあったまま、続けていた。

二番が終わったところで、村田がドン、とぶつかってきた。

小さな声で言われる。

「一点を集中して見てたら駄目だ、ユーリ」

はっとおれは気付いてDメロと残りのサビの部分を他の客を見ながら演奏する。

後奏の部分で、さっきヴォルがいたところに目を向けたが、もうそこに彼女はいなかった。

目だけで会場中を探す。

出入り口のドアのところにその目立つ明るい金の髪が見えた。

ドアが開いて、その頭は出て行く。

「!?」

曲を終えて、おれに呼びかける村田やスタッフを放っておいて会場の出入り口に廊下側から
回り込んだ。

「ユーリだ!」

「うそぉっ!!」

「陛下ー!! キャー!!」

ファンのみんなに囲まれてしまった。

「ごめん、通して! 急いでるんだ!!」

なんとか人ごみの中をくぐり抜けてヴォルを探したが、見つからなかった。








久々に行った学校で、やはり元気がないと言われ、おれは村田にぽつぽつと話した。

「そんな面白いことになっていたんだ」

「面白いだとぉ」

村田の反応におれは力なく怒った。

「でも、向こうだって働いてて忙しいんだろうに、この前わざわざおれたちの収録観に来てくれた
ってことは、そんなに悪くないんじゃないのかなー」

「そう思うか!? いやさ、調べてみたら、彼女結構忙しいみたいなんだよな。雑誌モデルとか
だけじゃなくて、タレントみたいな仕事で少しテレビにも出てるみたいなんだ」

「へえー。僕たちテレビあまりみないから気付かなかったねえ」

「さっすがあれだけの美人じゃあねー。忙しいだろうなあ」

「あれだけの美人じゃ、もう恋人もいたりしてねー。あっはははは」

「……」

「あ、ユーリ。それはまだわからないよね、ねっ。ところで事務所とかは調べたの?」

「同じ事務所みたい。所属部署はモデル部になるけど」

「へえー、うちの事務所、モデルも扱ってたんだ」

「ちょっとー! 陛下ぁ! サインちょうだいー!!」

教室の入り口でほかのクラスの子が大声で呼んだ。

「はいはい。学校で陛下は止めろよなぁ」

おれは席を立って呼ばれた方に行った。

「ユーリってサービスいいよなあ」

村田がボソッと言った。








初アルバムを出すことになった。

学校にほとんど行けていない。

しゅんとなりがちだが、自分でも不思議なことに音楽が始まるとシャキッと人が違ってしまうの
だから便利と言うかなんと言うか。

3日目ともなると疲れも結構くるとこまできていた。

グウェンダルのようなベテランは平気な顔だ。

コンコン、とブースのドアがノックされた。

「息抜きでもします?」

コンラッドも平然としている。

「いや、平気……」

「ヴォルが差し入れを持ってきてくれたんですけど」

「……え? 誰って?」

グウェンダルがギターを置いて言った。

「ヴォルが? そりゃあいい。休憩にしようじゃないか」

「え?」

コンラッドが廊下に向かって微笑みかける。

「おいで」

「入っていいのか?」

確かにこの少し低めのこの声は。

「えっ!?」

おれはベースを背負ったままブースの出入り口の方へ足を進めた。

ドアのところでばったりと同じ高さで顔を合わせたのは、確かにエメラルドの瞳、はちみつ色の
金の髪。

きょとんした顔は、今日はカットソーとレギンスの上に涼しげなアクアブルーのひらっとした
チュニック(って言うのかな?)を重ね着して、ごく普段着風だ。

前も思ったが、夏でも変に薄着しないところが逆に好印象だ。

「ヴォ、ヴォル……! どうしてここに」

「邪魔だったか?」

「と、とんでもない! う、嬉しいよ……」

「差し入れを持ってきたんだ。疲れた時には甘いものがいいと思ってな。ドーナツだ。食べるといい」

ヴォルはドーナツの入っている箱をずいっと出してきた。

「ありがとう」

「ここは飲食禁止なので、ロビーに出て」

「はい。よくここがわかったね……!」

「それは……。あ、兄上。兄上もどうぞ」

ヴォルはグウェンダルに箱を出して話しかけた。

「あ? 兄上―――!?」

「ありがとう」

グウェンダルはいかにも甘そうな砂糖がかかったドーナツをひとつ持っていった。

みんな、おれとヴォルから少し離れて二人きりにしてくれている。

「グウェンダルとは兄弟だ。だからお前たちの動向は解っていた」

「……あまり似てないんだね」

「似ているところはあるぞ」

「たとえば?」

「甘いものが好きなところとか」

「へえ……。意外だな。ところで、この前、ライブ観に来てくれてただろ。ありがとう」

「観たいから行っただけだ」

「でも、どうしてあんなに早く帰っちゃったんだ? おれ、追いかけようとして大変だったんだ」

「どうして追いかけようと?」

「話がしたかった。えーと、あれから、また君に会いたくなってさ」

「また会えたじゃないか」

「ええと……君の連絡先を教えてほしいんだ」

「兄上か事務所に連絡すると繋がるさ」

「……そうではなく」

「兄上にも事務所にも男性に携帯番号やアドレスを教えるなと固く言われているんだ」

男性に、と言われて少しほっとした。

少なくともちゃんと男性扱いされている。

「でも、君に会いたい」

突然ニコッと微笑まれてびっくりした。

「こちらもそうだ。また会いに来るからいい」

そう言うとヴォルは腕時計を見た。

「今日はもう行かなければ」

「ヴォル」

「CD、全部買った」

突然ヴォルの声が真剣になった。

「え?」

「毎日聴いてるんだ。お前の声を」

そう言いながらヴォルは背を向けて綺麗な足取りで歩いて行ってしまった。

おれに会いたい? おれの声を毎日聴いてる? でも連絡先は教えてくれないって。

おれはヴォルにからかわれてるんだろうか。
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