ユヴォ駄文(短編)

□忘年会やろう・後編
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忘年会やろう・後編








部屋の隅の方のせいか、そこから出てもあまり人は気付かないようだ。

そっと背中を向けているヴォルフラムに近付く。

コンラッドがおれに気付いたようだったが、シーッと口に人差し指を立てて何も言わない
ように指示を送る。

僅かに頷くとコンラッドは何事もないようにまたヴォルフラムに目を向けた。

話し声が聞こえてくる。

「全くあんな奴が母上の兄上とは!」

「……ヴォルフ、さっきからシュトッフェルの話ばかりだ。たとえば陛下について何も
言うことはないのかい」

「ユーリぃ? どうしてそこでユーリが出てくるんら」

ヴォルフラム、はやくも酔っぱらってるな。

どれだけ飲んだんだろう。

「特に意味はないよ」

「……ユーリはいい王だ。まだ未熟ではあるが、後世に残る名君に成長するだろう」

えっ?

コンラッドが一瞬こちらを見る。

「へえ」

「ぼくは臣下としてユーリに仕えることが出来て光栄だ。コンラート、お前もそうだろう?」

「もちろんだ」

な、何言ってるんだよ。

もしかして、おれがここにいることわかってて持ち上げてるのか?

「しかし」

「うん?」

「婚約者としてはどうだろう」

「ああ」

……どういう意味だ?

「あれだけ麗しい容姿をしておいてへらへらと愛想を撒いて、他の者を惑わせるのだから
な! ぼくという婚約者がいるのにもかかわらず!」

「愛嬌があるのはユーリの長所だよ」

「コンラート、ユーリの肩を持つのか!? あんな可愛い婚約者を持つぼくの気持ちなんて
どうせほかの誰にもわかりはしないんだ! ぼくはこんなにユーリを想っているのに!」

もしもし? 可愛い婚約者を持つ者の気持ちならおれにもわかるぞ。

「俺は今コンラートじゃなくて『キンさん』だよ」

「あの尻軽ユーリめ、ぼくはいつも気が気じゃないんだぞ……! ふらふらと浮気ばかり
して!」

浮気してないって。

気が気じゃない割には、いっつもおれより早く爆睡してるくせに。

「お前がユーリを愛してるからそういうふうに腹が立つんだろう?」

「それはそうだ。ぼくはユーリを愛してる」

え。

それ、ちょっと、おれの方見て言ってよ。

「しかし、あいつも自分が人を惹きつけていることをちょっとは自覚して、慎み深く
したらどう……誰だ! ぼくの背後に立つな!!」

ものすごい勢いでヴォルフラムが振り返ったと思ったら、顔の真横に拳が飛んできて驚いた。

「! あは……さすが武人、だな……」

「お前! いつからそこにいた!?」

ヴォルフラムの被っている帽子もクマハチだってことはとりあえず置いといて。

眼鏡型の仮面の下で見開かれたエメラルドの瞳は潤んでいるし、さらされた頬が紅潮して
て、どうして早くおれは正面からこいつを見ていなかったのか少し後悔した。

あれ?

ヴォルフラムが着てる衣装、どこかで見たことあるな。

イタリア・ルネッサンス風の衣装を着てる人は今日は多いけど、このいっそう華やかな金や
銀の飾り、繊細なレースはどこで見たんだっけ?

「おそろいが並んでると可愛いですね」

「え?」

コンラッドの言ったことが一瞬理解できなくて訊きかえしたけど、おれは自分の着ている
衣装を改めて見直した。

ああ! おれとヴォルフラム、色違いだ。

クマハチ帽子はおそろいで、あとは全く生地の色が違うだけ。

レースの種類もついてる場所も一緒だ。

クラシカルで豪奢な雰囲気の落ち着いたワイン色の衣装はヴォルフラムによく似合ってる。

「黒の方が気品がある。一緒にするな、コンラート」

「今は『キンさん』……」

「いつからそこにいたんだ、ユー……いや、お前」

「つい今しがただよ。やっぱ、おれってすぐわかるよなあ。仮面の意味ないよ」

「そんな見事な黒い瞳が他にあるものか」

村田だって黒いじゃんか。

そう思ったけど、どうせ反論されるので言わないでおいた。

「あ、そうだ。お前酔っぱらってたんじゃないのか? 大丈夫か?」

「何ともないさ。なんなら証明してみせようか?」

「え?」

「一曲いかがですか?」

ニッコリ笑って、ヴォルフラムはおれに手を差し伸べた。

その姿がすっごく可愛くて、でもまたすっごくかっこよくもあって、ドキッとした。

思わずその手を反射的に取ってしまったほどだ。

「言っとくけど、女パートは踊らないぞ」

「構わないさ」

ヴォルフラムにさりげなくリードされながら踊る。

リードも上手いけど、背が近いから踊りやすい。

みんながこちらを見ていた。

「さっき、陛下は踊らないとおっしゃってたのに」

「やっぱりヴォルフラム閣下としか踊らないんだよ」

「お似合いね」

視線が気になりながらも、おれはヴォルフラムの顔ばかり見ていた。

帽子から少し出ている金の髪が、風になびいて照明にきらめいて綺麗だった。

おれがステップを間違えるたびにじろっと睨んでくるエメラルドの瞳がなぜかうれしかった。

踊り終えると、おれはヴォルフラムを連れてバルコニーに出た。

今はおれたち以外に誰もいない。

「なあ、今度はおれの婚約者への不満聞いてくれる?」

「え? ああ……なんでも話せばいい。今日はそういう日だ」

「ほんとあいつやきもち焼きでさ、事ある毎におれを浮気者扱いしてくるんだけどさ」

そう言うと、ヴォルフラムは何か言い返そうとしたが、結局黙って目を逸らした。

「……ああ」

「それが可愛くて可愛くて仕方ないんだよなあ!」

「……は?」

「いや、怖いところもあるんだけどさ。毎回飽きもせずに『浮気者ー!』って追いかけて
くるの、たまんなく可愛いよ。おれのことどうでもいいって思ってたらそんなことわざわざ
しないもんな」

「……馬鹿っ! それのどこが不満だ!?」

「可愛すぎて困っちゃうんだよなあ」

「何が困るのかさっぱりわからん」

「さっきみたいに人前で可愛いって思っても、抱きしめるわけにもキスするわけにも
いかないだろ?」

おれはほんの少し拗ねた顔をして見せると、チュッとヴォルフラムにキスをした。

そして抱きしめる。

少し夜風があるせいでその身体は冷たい。

温めるように腕をしっかりと背中に回す。

「ユーリ……」

「さっきの、うれしかったんだ」

「……まったく、こっそり話を聞くなんて!」

「ごめんごめん。でもうれしかった。おれも、その、……愛してる、って言ってもいい
くらいうれしかった」

「そ、うか……」

ヴォルフラムの手をきゅっと握ってそこに視線を落として囁く。

「愛してる……」

「そうでもないと言わないんだな、へなちょこユーリは」

「う……そんなに頻繁に言うことじゃないだろっ!」

「頻繁じゃなくても全く言わないじゃないか」

「……男は黙って実行なんだよ!」

そっとその仮面を外すと、おれの婚約者の顔が現れる。

自分の仮面も外して頬に手を添えて唇を重ねる。何度も何度も。

「ん……」

「ヴォルフラム……」

「あ……雪だ」

ちらちらと粉雪が舞ってきてその金の髪に落ちた。

指で払うと、また唇を寄せようとした。

「あー! 雪が降ってきたねえ!!」

陽気な声をあげて、サンタがバルコニーに飛び出てきた。

あわてておれは離れて村田に抗議する。

「なんだよ! 突然!」

「飲みすぎて熱くなってきたから涼みに来ただけだけど?」

「てか、飲むなよ、未成年!!」

「室内に戻るなら仮面つけなよー、君たち。そのままじゃ何やってたかバレバレだから」

「ムラタ! わざと邪魔したんだろう!?」

「いや? べつに? グリ江ちゃんがこっちに出られないって困った顔はしてたけどねー」

「行こう、ヴォルフラム」

おれはヴォルフラムの手をひいて会場内に入り、そのまま会場を出て部屋に戻った。

夜中、まだ酒の残っていたヴォルフラムがすっかり眠ってしまって、暇になったおれが
窓の外を見るとすっかり雪は積もっていた。

宴会は夜明け近くまで続いたみたいだ。

忘年会っぽくはなかったけど、みんなも楽しんだみたいだし、おれもよかったと思える
立派な会だった。

でも、来年もまたやろうって話になったらどうしようかなあ。



※翌朝編に続く。

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