ユヴォ駄文(短編)

□忘年会やろう・前編
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忘年会やろう・前編








冬も深まって収穫祭の季節も終わると、忙しさもひと段落ついてきた。

村田がいよいよ暇そうにしている。

「これからクリスマスまですることないよねえ」

焼き菓子をつまみながらあくびでもしそうな雰囲気で言われて、おれはティーカップを
置きながら返した。

「てか、村田、クリスマスはやる気なんだな」

「当然だろ。去年やってあれだけ喜ばれたんだしさ」

「そうだな」

「そうだ、忘年会やろうよ。年の瀬が迫ってきたらやっぱり忘年会だろ」

「あまりそういうことばかりに税金使うのどうかと思うぞ」

「僕のポケットマネーでやったらいいよ。こっちではあまり使い道ないし」

「村田、どうしてそんなにこっちの金持ってるんだ?」

「それはおいといてさ」

傍に控えていたギュンターが目を輝かせて聞いてくる。

「ボーネーンカーイとは、どんな催しなのですか?」

「忘年会、ね。頑張って伸ばさなくてもいいから。今年一年の大変だったことを美味しい
もん食べて、酒飲める人は飲んで、みんなで騒いで忘れようって集まり。要するに年末に
かこつけた宴会だよ」

「宴会でございますか」

「そーそー。来週あたりにやろうよ。僕指導するから。渋谷も結構そういうお祭りじみた
ことは好きだろ?」

「まあね。じゃあギュンター、村田と相談して忘年会も準備してくれる? そんな大げさな
ものじゃなくてもいいからさ」

「はい! かしこまりました! お任せを!」








翌週、午後のお茶に菓子がついてこないなあ、と思っていたら、ヴォルフラムが言った。

「ユーリ! 今日は今からボーネンカーイというものをやるのだそうだな」

「ああ、忘年会ね。今日だったな。今からごちそう食べるからお茶菓子がないのか」

「欲しかったら用意させましょうか?」

「いいよ、コンラッド。あ、でもヴォルフラムは欲しいのか」

「いい。今から酒を飲むのだし、茶もいらないくらいだ」

「空きっ腹に飲んだらダメだって勝利が言ってたけど」

「それは弱いやつが言うことだ」

「勝利って酒に弱かったのか」

「ヴォルフラムと比べちゃいけませんよ」

「それはそうと、寝室に今からやるボーネンカーイの衣装が届いていたぞ、ユーリ」

「衣装ぉぉ!? 何の勘違いだよ!?」

「勘違い? いや、猊下がこれを着てユーリは参加するようにと自ら運んできたものだから
間違いはないだろう。ぼくも衣装があるから自室で着替えてから会場に向かう」

コンラッドを連れて寝室に戻ると、ベッドの上に大きな箱があり、その中に黒っぽいイタリア
ルネサンス風の衣装が入っていた。

しかもそれなのに帽子はクマハチ。

「……何だこりゃ」

「まあとりあえず着たらどうです? 他のみんなもこういう服装で来たら、ユーリ、その
いつもの恰好では浮きますよ。まあ、あなたは王なのですから浮いてもいいのですが」

「浮くと言われてそのまま行く日本人がいるかよ」

しぶしぶそれに着替え、しかし、帽子は手に持った。

村田にあったらこいつを頭に被せてやろうと思って。

「じゃあ、行きますか」

「あんた、その恰好か?」

「おれは時間を見て、もらった衣装に着替えます」

「おれはひとりで行けるから、着替えて会場に来いよ」

そうコンラッドに言って、部屋を出ようとした。

「ああ、ユーリ、仮面を忘れています」

「仮面?」

「箱の底にこれも入ってましたよ」

そう言ってコンラッドが手渡してきたのは、ツェリ様が外国で着けてたのを見たことが
あるような、眼鏡型の仮面。

「どうぞ」

「村田のやつ!」

それも手に握って、広間へ向かった。








広間はすっかり人で埋まっていた。

みんな見慣れた人たちのはずなのだが、全員変な扮装で仮面をつけていて顔がよく
わからない。

まあ、顔がわからなくても体型や身長がわかれば誰かくらいは想像がつくんだけど。

中にはすっかり体型まで隠れる着ぐるみのようなものを着ていてさっぱり正体がわからない
人もいる。

この人数の中から村田を探し出すのは大変そうだな。

テーブルにはたくさんのごちそうがきらびやかに並び、飲み物も酒を中心にいろいろな
ものが取り揃えてあった。

うろうろとさまよい、ナイスバディにピッタリ沿ったきらびやかな黒のドレスを着ておれが
今持ってるような形の赤い仮面をつけた、どこからどう見ても上王陛下なご婦人を発見して
声をかけた。

「あの、スミマセン」

「あら、陛下! どうして仮面をお付けにならないの? 素性が一目でわかってしまうわ」

「あははは、どうして忘年会が仮装大会になっているのかよくわからないんですケド」

「ボーネンカーイは、上司の悪口を言ってもいい催しなのだとか。それならば後腐れのない
ようにいっそ身分もはじめから隠してしまおうと猊下がおっしゃったと聞きましてよ」

「ああ! その猊下を今探してるんです。どこにいるか知りませんか?」

「今は皆仮の装いをしているから、私の予想なのだけれど……。さっきギュンターらしき人と
猊下らしきお方が一緒にいるのを見たわ」

「えっ、どこで?」

「窓際に私がさっきいた時のことよ。中央の柱の近くの窓際でふたりで会場内を見渡して
いたの。そうねえ、今あそこ、グウェンダルらしき人物がいるあたりよ」

「……あれ、グウェンダルなんだ……」

ツェリ様(らしき女性)が指差した方向に、ひときわ背の高い猫の着ぐるみが立っている。

「あの可愛い眉間のしわは息子に間違いないわ」

「ありがとうございます。じゃあ、これで」

「またあとでね、陛下。あ、そうそう、仮面はお付けになった方がよろしいわ。せっかく
みんな正体を隠しているのだから。一番の上司のあなたがそのままでは無礼講の意味がなく
ってよ」

「あ、はい」

言われたとおり、仮面をつけながら猫の着ぐるみに近付いていった。

「スミマセン」

声をかけると、三毛猫模様の巨大猫はおれの方を振り向いた。

三毛猫ってほとんどメスなんだけど、グウェンダルそれ知ってこれ着てるんだよな?

「なんだ?」

引き締まった身体を見事に隠した、ずんぐりむっくりして脚が短い着ぐるみ。

眼鏡型の仮面をつけた怖そうなハンサム顔がなかったら、昔の漫画に出てきたこたつ猫を
彷彿とさせる可愛い恰好ではある。

真面目な顔をしている分余計に笑いを誘うが、おれは日ごろ鍛えている腹筋をフル稼働
させて笑いをこらえた。

「このあたりで村田……猊下らしき人を見ませんでしたか?」

「なんだ、ユーリ陛下ではないか。帽子をかぶらなければ仮面の意味がないぞ」

ダメだ、固い言葉で喋るバリトンが余計おかしい。

うつむいて視線をそらし、何とか言葉を紡いだ。

「そ、ソウデスヨネ……。いや、でもこれはあいつに会ったら被せてやろうと思って持って
きたものだし」

「猊下か? 今さっきまでこのあたりにそれらしき人物がいたのだがな。どこへ行って
しまったのやら」

「入れ違いか」

「ギュンターのような長い髪の男と一緒にいたが、今もそいつと一緒にいるかはわからんな。
しかし、まだそんなに遠くへは行ってないだろう」

「ありがとう。探してみるよ」

おれはとりあえず笑いたくて、窓際の方へ向かいバルコニーに出た。

声を抑えて腹を押さえて堪えていた息を吐き出した。

「あれー、渋谷じゃないか。君、帽子をかぶらないから正体一発でバレバレだよ」

この声は!

「村田!!」

声のした方向を見ると、サンタクロースの衣装に身を包んで付け髭で顔を半分以上隠した
村田が笑っていた。



※中編に続く。

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