ユヴォ駄文(短編)

□追いかける
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追いかける





おれの身分は王だ。

国のことを考えた行動をとらなきゃいけなかったり、自分の身を守ることも考え
なきゃいけなかったり、おそらくいろいろと不自由なことも多い。

でも、きっと恋を追うことくらいは許される。

だって、相手は婚約者なのだから。





背筋を伸ばした華奢なその肩が好きだ。

だけど、意識して肩を抱いたりしたことはない。

好かれてるのはわかってるんだけど、まだ一歩踏み込めずにいる。

派手に妬いてくれるくせに、おれに向かって好きだってヴォルフラムは言ったことが
ない。

浮気者め! とか言ってくるいつものあれは、おれを好きな気持ちの裏返しだと思う。

どうしてあんなにはっきりした性格なのに好きだとは言ってこない?

もっと好きになってもらえたら言ってくれるのか?

どうすればもっと好きになってもらえる? そんなことばかり考えてる。

好かれてるのはわかってるのに。まだだって思うなんて、欲が過ぎるよな。

せめて言葉で聞きたいんだ。

おれを好きだって言わせたい。





朝食後、執務室に入るとヴォルフラムが先にいて、窓から外を見上げていた。

金色の髪が陽をキラキラと弾いている。

「……ギュンター、図書室から眞魔国の歴史の本取ってきて」

「え? 歴史の本ですか? いろいろありますが、どの時代の物など……」

「二百年前のことが載ってる中で、一番わかりやすいものを」

適当に言った。とにかくギュンターに席を外してもらいたかったからだ。

「はい、陛下」

ギュンターは執務室を出て行き、ヴォルフラムがこっちを見た。

「なんだ、歴史? 自分から言い出すなんてなかなか勉強熱心じゃないか」

「別に……」

おれは曖昧に笑う。勉強する気なんてあまりなかった。

「どうした、ユーリ?」

「おれ、お前に訊きたいことあるんだけど」

「なんだ?」

「お前さ……。…………」

「なんだ、はっきり言え」

「あの。おれのことどう思ってるんだよ?」

「どう……も何も、ユーリはぼくの婚約者だろう?」

「そう言うんじゃなくってさ。事実や関係じゃなくて」

上手い言葉が見つからない。

「じゃなくて? なんだ?」

「その、……感情として……」

ヴォルフラムはきょとんとしていた顔を、少し不審げに歪めた。

「何が言いたい?」

「お、おれのこと嫌いなのか、好きなのかって話だよ……!」

「なっ……!」

ヴォルフラムの顔がボッと紅潮した。

色が白いから赤くなるとよくわかる。おれはヴォルフラムのこういうところも好きだ。

「……」

「……き、嫌いなわけがないだろう! 嫌いなら婚約者などやっていない!」

「はっきり言えよ」

「……!」

ヴォルフラムは怒ったような表情になると、急に走って部屋を出て行った。

「ヴォルフ……!」

開け放したままのドアからおれはヴォルフラムを追った。

「待てよ!」

カツカツカツカツ、とあいつの足音が廊下に響いて聞こえた。

廊下の端の方に青い軍服の背中が見える。

全力で追いかけるが、革靴では走りにくくて仕方ない。

あいつ、軍靴なんて履いててよくあんなに早く走れるな。

でも今は、どうしても逃がしちゃいけない、そんな気がする。

革靴を脱ぎ捨てて、靴下を履いただけの足でがむしゃらに走った。

足の裏がジンジンと痛い。

そんなことに気を取られていると見失ってしまう。

すれ違ったギュンターが驚いておれを振り返ったのが見えた。

「陛下!?」

ごめん、今だけは魔王ユーリじゃなくて、ただの渋谷有利に戻らせてくれ。

息を大きく吸って、ひたすら走り続ける。

中庭に出る手前で、ヴォルフラムに追いついて、その手首を掴んだ。

「はあっ、……待っ……て……!」

息が切れててうまく喋れない。

ヴォルフラムは掴まれた手を振りほどこうとしたけど、おれは強く握って離さなかった。

「……っ、ユーリ!」

「待って……!」

ヴォルフラムはおれをギッと睨むと、一息に怒鳴りつけてきた。

「ユーリは卑怯だ! そんなことぼくに言わせてどうする!?」

「卑怯?」

「そうだ! ぼくばかりいつもこんなにユーリを想っていて、これ以上何を求めよう
っていうんだ!」

「あ……ああ……」

そうだった。

おれの気持ちも言わずに、言わせようって虫がいい話だ。

「ヴォルフラム」

「離せ!」

逆に掴んだ手首を引き寄せて、その身体に腕を回してキュッと抱きしめた。

「なっ……!」

心臓の音がやたら早く激しく打ってるのは、走ったせいか、それとも。

足の裏が痛いのを通り越して熱い。

「あの……さ」

「なんだ!?」

「もっと想ってよ」

「え?」

「おれのこと想ってくれてるって。……でももっと想って欲しいんだ」

「なんだと!?」

「……何を求めようっていうんだって言うから、正直に言ったんだけど……」

「ふざけるな! そんなもの、無理に決まってる! いい加減、離せ!」

「離したら、また逃げるのか?」

「……」

「どうして無理?」

「これ以上……ないくらい想ってるんだ……」

その震えるような声を聞いたら、次の言葉がするんと言えた。

「それでも、おれのこと好きになってよ」

「……ユーリ?」

おれの腕をその手が掴んで力任せに少し距離を作り、ヴォルフラムがおれの顔を
しっかりと見た。

おれは腕を緩めてやる。

多分、もう逃げないだろう。

逃げたとしたってまた追いかければいいだけの話だ。

「あのさ。おれはお前が好きだけど、お前はおれのことどう思ってる? ……って、
うん、そうだ。それが言いたかったんだ」

「え……」

「どう思ってる……?」

「そ、それは……」

「どうしてヴォルフはおれに好きだって言わないんだ?」

「ユ、ユーリが……ぼくのことを好きじゃないのなら、言っても重いだけだと思った……」

「ああ、ごめん。今まで言えなくて」

「ユーリ……さっき言ったことは本当か?」

「うん」

「……」

「じゃあ、言ってくれるのかな……?」

「あ……」

「いいかげん、おれを好きだって言ってくれよ」

「……好きだ。ああ、好きだとも! 今までどうして言わなかった、ユーリ!」

真っ赤な顔でヴォルフラムは声を荒げる。

でも、それ、照れ隠しだってバレバレだよ。

「こんなに好きなのにさらに好きになれだって!? しかも言葉で言えとは! どういう
つもりだ! ユーリ!」

ヴォルフラムがおれの肩を掴んで揺さぶってくる。

そんな乱暴な素振りも、怒鳴り声も、今は可愛いだけだから、無駄だぞ。

「どういうつもりもないよ、好きなひとからの『好き』って言葉は嬉しいもんじゃん?」

「……まあ、確かに……。あれ……ユーリ、靴はどうした!?」

「ああ、走るのに邪魔だから、途中で脱ぎ捨ててきたんだ」

痛みを思い出して足の裏を見た。

「ぼくを追いかけるために……? 血が滲んでるじゃないか……」

「あはは、まあ、必死だったからね。お前そんなの履いてるくせに早いんだもんな」

「……軍靴で動けなくてどうする」

「そうだな。……なあ、脱いだ靴拾いに行くの、付き合ってくんない?」

「まあ、しかたないなっ! 付き合ってやる!」

「うん」

ヴォルフラムの肩に手を回した。

華奢に見えるそこは、思ったよりはしっかりしてた。

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