ユヴォ駄文(短編)

□続・36分の1
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続・36分の1



夕食の席にヴォルフラムがいなかった。

いやいや、グウェンダルもコンラッドもいない。

だけど、グウェンダルやコンラッドはともかく城にいるヴォルフラムが夕食時に席に
いないなんて異例だ。

「なあ、ヴォルフラムは?」

「それがよくわからないのですが何事か起きたようで、先ほどからグウェンダル様の
執務室でコンラート様と何かお話されているようなのですよ」

「へえ? 何事か? グウェンがついてるなら大丈夫なんだろうけど……」

食後にすぐ訪ねて行こうと思っていたその時、食堂にコンラッドがやってきた。

「ユーリ」

「あ、コンラッド。どうしたんだよ。ヴォルフラム、なんかあったのか?」

「ヴォルフラムが……こんな姿に」

コンラッドがくるっと背中を向けると、そこには頭の大きさほどの身長しかない小さい
ヴォルフラムが肩からぶら下がってはしゃいでいた。







「ちっちゃいあにうえー、もっとおんぶー!」

したったらずにしゃべりながら、金の髪を揺らして小さいヴォルフラムがぴょんぴょんと
跳ねる。

エメラルドグリーンの瞳を輝かせてコンラッドを見つめている。

「これは……」

「他に同じくらいのサイズのヴォルフラムがグウェンダルの執務室に35体います」

「やっぱり……」

おれはコンラッドが連れてきたそのヴォルフラムにそっと手を差し出してみたが、じっと
不思議そうに見つめられた後、見事にそっぽを向かれた。

わかってはいるけどちょっと傷付くな。

「どうもいろいろな性格があるようで、俺やグウェンには、この子しか懐かなかったんです
よね」

「あんたら、夕食も摂らずにミニヴォルフラムを研究してたんかい」

「そうです。おそらくこの子は、子どもの心のヴォルフラムなのでは」

「それよりもどうしてこうなったとか元に戻す方法とかを考えろよ」

「それがグウェンが何かを知っている様子なのですが口を割りません」

「もう大体想像がついたけど、グウェンの執務室へ行ってみよう。他のヴォルフラムも見たいし」

夕食は中断してグウェンダルの執務室へと赴いた。





ノックして、グウェンダルの執務室の扉を開けると、壮観だった。

部屋中いたるところに小さいヴォルフラムがいる。

可愛いぞ、おい!

「ユーリだ!!」

一人、猛スピードでおれのところに走ってきたヴォルフラムがいた。

そのまま、おれのズボンに飛びついて掴んで離さない。

「ユーリだ」

「ユーリだ」

他にもおれの名前を呼ぶヴォルフラムの声が聞こえたが、寄ってくるヴォルフラムはそれ
だけだった。

おれは寄ってきたヴォルフラムをかがんで手に載せて目の高さまで上げた。

「ユーリ!」

満面の笑みで嬉しそうにおれの目を見つめる小さいヴォルフラム。

小さくてもちゃんと整ったつくりはそのままだ。いや、さらに細かいのか。

エメラルドの瞳もキラキラしてる。

うー、どうしてくれようってくらい、可愛い!

「ユーリ、肩に乗せてくれ」

「え? うん」

請われるままに肩に乗せると、ヴォルフラムはおれの髪や耳や頬にすりすりと身体を摺り
寄せてくる。

「こら、ヴォルフラム、くすぐったいぞ。あはは」

「ユーリ、大好きだ!」

やっぱりこれはヴォルフラムの『おれを好きな部分』なのだろう。

グウェンダルがコンラッドに言った。

「ぐずらなかったか? まったく、外に連れて行くことなかろう。おいで、ヴォルフラム」

コンラッドの手の上に乗っていたヴォルフラムがグウェンダルの机に乗って、グウェンダルへと
まっしぐらに走って行った。

「あにうえー!」

「おーよちよち」

「おーい、グウェンダル、可愛がってる場合じゃないぞ。どうしてこうなったんだ?」

「……」

「あんた、何か知ってるんだろ?」

「……」

「銀色の長い髪の男を見なかったか?」

「どうしてそれを!?」

「あー、やっぱり」

「ユーリ! 好きだ!」

「最近、ヴォルフラムは陛下、陛下で……大人になってしまったといえばそれまでだが、子どもの
ころはもっと可愛かった、またあの頃のヴォルフラムに会いたいと月を見ながら呟いただけなのだが」

「あにうえー」

「うんうん」

「あの男が突然現れて」

「うん」

「……その、お前は渋いいい男だから願いを叶えてやると」

「……」

「ユーリぃ」

「あくまで言われたことを述べているだけだ」

「うん……」

「そうしたらちょうど用があって部屋に入ってきたヴォルフラムがこの姿に変わってしまったのだ」

「じゃあ、グウェンダルが月に向かって戻してくれって祈ったら戻るよ」

「そうだな」

グウェンダルは窓際へと足を向けた。

「あ、ユーリ」

「何、コンラッド」

「雲が出てきて月が隠れてますよ」

「あー……」

「仕方がない、明日にするしかない」

「あにうえー!」

「ユーリ! 大好きだっ」

「よしよし」

「とりあえず、この二人はそれぞれが一緒に寝るとして、残りはどうしますか」

「おれがひきとろうか。おれのベッド広いから寝られるだろ」

「どうやって連れて行くんですか?」

「みんな、寝るぞー、おいでー!」

しーん。

誰も寄ってこなかった。

「ま、まさか、こんなにたくさんいるのにおれのこと好きなのってお前一人なのか、
ヴォルフラム!?」

肩に乗せたおれを好きなヴォルフラムに話しかけると、彼はきょとんと不思議そうな顔をした。

「ぼくがこんなにお前を好きなのに、他に必要だというのか?」

遠くから他のヴォルフラムの声がした。

「ふん! そいつは浮気者だからな! そら見たことか!」

そう言うとすぐに椅子の陰に隠れてしまった。

「エーフェを呼んで」

コンラッドが言った。

エーフェに届けてもらった品を並べて、ヴォルフラムたちに手招きする。

「ほーら、お菓子とワインだぞー。おいでー」

二人、ちょこちょこと歩いて寄ってきた。

一人はお菓子に手を出し、一人は酒に手を出し始めた。

ずっと剣を振り回してるヴォルフラムに近付いて、名前を呼んでみた。

「ヴォルフラム」

「ユーリ! 決闘だ!」

「この部屋ではダメだから移動しようか」

「そうだな」

おれが近寄るとそそくさと遠ざかってしまうヴォルフラムに声をかける。

「おーい」

「な、何の御用でございますか、陛下」

「……えーと。寝室に移動してほしいんだけど」

「ご命令でございますか、陛下」

「えーと、まあ、そんな感じ」

「陛下のご寝室でよろしいのですか」

「うんうん」

「拝命仕りました。この命に代えても」

「いや、そんな命がけで移動しないでくれないかなあ……」

そんなこんなで25体くらいのヴォルフラムを寝室に連れて帰ることに成功した。

連れて帰る道のりは、7,8体のヴォルフラムを腕に抱え、残りのヴォルフラムはおれの後を
ちょこまかとついてきて、パラダイスだった。




夕食も済ませて、寝る時間になって寝室のベッドに落ち着いた。

「意外なヴォルフラムもいるもんだなあ……」

「そうか?」

「うん。おーい、こらこら、いつまでも剣振り回してないでそろそろ寝ろよ」

「決闘は!? ユーリ!」

「明日な」

「まったく、こんなにたくさん連れてこなくてもぼくとユーリ二人きりでもよかったのに」

「あははは、二人きりでもこれじゃキスもできないよ」

「そんなことはないぞ」

目の前にいた小さいヴォルフラムが近付いて見えなくなったと思ったら、唇に微かな感触があった。

「……もっともこれでは口付けてもされた気がしないだろうがな」

「……ううん……それでも、うれしいよ……」

「ユーリの瞳は大きく見えてもやはり黒いのだな。綺麗だ」

「そんなの、ヴォルフラムの方こそ……少しの間しか見られなかったけどさ。……そういえば、
お前は分裂しても普段とそんなに変わらない気がするけどどうしてだ?」

「お前が変わりすぎなんだろう。ぼくはいつだってお前を好きだって言ってるじゃないか」

「いや、違うか。いつもはもっとツンツンしてる気がしなくもない」

「ツンツン? してたって、ぼくはユーリが好きだ」

「うん、ありがと。きっとツン担当は浮気者って言ったあいつだな」

「あいつもユーリのことが好きなんだ」

「え? そうなのか?」

「でなきゃ、あんなことを気にするわけがないだろう?」

「それでも、36分の2にしか好かれてないのかあ、へこむなあ」

「ユーリは36分の1だった!」

「え、それはわからないよ。もしかして内気なおれがお前のことこっそり思ってたかもしれない
じゃん」

「はははは、内気なユーリか!」

「そろそろ寝よう」

「ああ」

夜中、いろいろなヴォルフラムに蹴り飛ばされて何度か目を覚ましたけど、それは面白かった。




翌日の朝食後に昼間ながら月が出たのでさっそくヴォルフラムをグウェンダルの執務室に集め、
グウェンダルは月に祈った。

男が現れ、グウェンダルはヴォルフラムを元に戻してほしいと言った。

「なんだ、お前ももう戻せというのか。つまらんな」

おれはつい横から口を出す。

「お前、自分が面白いからやってるのか!?」

「それもあるが、願う人がいるからな」

そう言うと銀髪の男はふわりと消えた。

ボン、と音がして、背後で気配がする。

「痛……」

「ヴォルフラム、大丈夫か?」

「ああ、なんともない」

「無事で何よりだ。すまなかったな」

グウェンダルが珍しく柔らかい表情を見せた。

グウェンダルの執務室を後にして、それぞれの職場へと向かう。

訓練場へと向かうヴォルフラムの背中を眺めながら思う。

もし次があるのなら、36分の3くらいはおれを好きなヴォルフラムになるといいな。

全部おれを好きなヴォルフラムになっちゃうと、食事もできない、好きなことも他にない、
偏ったヴォルフラムになっちゃうから贅沢は言わないけど、せめてもう少しくらい。

窓から見上げると、銀色の月が光っていた。

でもおれはヴォルフラムがいっぱいいればいいなんて祈らないよ。

いつものヴォルフラムがやっぱり一番好きだから。

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