ユヴォ駄文(短編)

□36分の1
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36分の1




青白い肌の小ざっぱりした顔立ちの長い銀の髪の男が突然現れて言いだした。

「私は月の精だ。お前はなかなか一途だし、何といっても可愛いから、その願いを
叶えてやろう」

「…………は?」

「楽しく暮らせ、せっかく綺麗な顔をしているのだから笑顔でいる方が良いぞ」

言うだけ言って男(いや、精霊は性別がないのだったか?)は宙を舞って去って
行った。

ぼくが今呟いていた願い事って。

あわてて、魔王の寝室へと向かった。





手のなかなか届かない人が好きで好きで仕方がないときに、

「あいつが分裂してたくさんいたらいいのに!」

そんなことを思ってしまったのは決してぼくだけではないと思うんだ。

酔って気まぐれに軽い気持ちで叶いっこない願い事を月に祈っただけのつもりだった。

走ってやっと魔王の寝室まで辿り着いた。息が切れている。

寝室の扉をそっと開けて、またそのまま閉じた。

「なんだ、あれは――――っ!?!」

確かにユーリがたくさんいたらいいのにとは願った。

しかしあんなに大量である必要はないし、何と言っても小型化しているその意味が
わからない。

ごくりと息を飲んで、再び扉を開けた。

ちょうど頭一つ分の高さくらいだろうか、それくらいの身長しかないユーリがおよそ
……30人くらいか、寝台でおとなしくしている者もいれば部屋中を駆け回っている者も
いる。

「こんなにたくさんいるのなら一人くらいぼくと結婚してくれないだろうか……」

呆然としながらぽつりとつぶやく。

「このままじゃできないだろ」

下の方から声がしたので見ると、足元に小さいユーリが一人いて、ぼくのズボンを掴んでいた。

「あっ、いたのか、ユーリ。危ないじゃないか、踏んだらどうするんだ」

「それは気を付けてくれよ。とりあえず手か肩に乗せてくれ」

「ああ」

手を出して、そのユーリを乗せて目の位置まで上げる。

ぼくの手のひらの上に立って、立てている親指につかまっているユーリの姿がやたらと可愛い。

深い闇色の目は小さくなっても同じ闇色だ。

「突然おれ分裂しちゃったんだけど、何なんだろうな、これ。眞魔国の行事か流行ってる
病気かなんか?」

「あ……すまない、どうやらぼくのせいのようなんだ」

適当に端折って説明をした。

「ふうん。ま、あんまり気にすんなよ。戻してくれってまた月に祈ればそのうち元に戻るだろ」

「しかし、これではどうやって寝るんだ、ユーリ」

「別に寝られないこともないだろ。ベッド広いし、いざとなったらソファもあるし」

「寝返りを打つと潰してしまいそうだな。ぼくは自分の部屋で休むことにしようか」

「あ、だったらおれだけは連れてってくれよ」

「なぜだ?」

何の気もなくふと尋ねると、ユーリはぼくの親指をぺちっと軽く叩いて言った。

「そんなの訊くなよ、一緒に寝たいからに決まってんじゃん」

「……どうして一緒に寝たいんだ?」

ぼくが訊ねると、ユーリは普通の顔をしてさらりと言い放った。

「お前を好きだからに決まってるだろ」

「……お前は本当にユーリか?」

「どういう意味だ」

「ユーリが照れもせずつっかえもせず誤魔化しもせず好きだというなんておかしい」

「おれ、分裂しただろ?」

「ああ」

「36体に別れた中で、おれは純粋に『ヴォルフのことを好きなおれの部分』で出来ているんだ」

「……とりあえず、ぼくのことを好きな部分があってよかったとでも言っておこうか」

「何言ってるんだよ、大好きなんだぞ!」

眩暈がする。

これが本当にユーリだというのか?

「すぐ結婚したっていいくらいだ!」

これが残りの35体を足すだけで、普段のユーリになるとはどういう足し算だ。

「とりあえず、この35人のユーリを寝かしつけてから部屋へ行くか」

誰かに頼めば楽だったけど、話が流れてギュンターの耳にでも入ったら一人くらい持ち逃げ
されかねない。

何とか走り回ってたやつも捕まえて寝かしつけた。

「じゃあお前の部屋に行こうぜ」

肩に乗せていた、ぼくを好きなユーリが機嫌よく言う。

「ああ」

静かに扉を閉めて魔王の寝室を後にした。





「明日の朝は大騒ぎだな」

「そうだな」

「ユーリ、もっと離れないと。夜中にぼくが寝返りを打ったら大変だ」

「ちぇ。いつもはそっちからくっついてくるくせに」

「好きで離れろと言ってるんじゃない」

「あ、睫毛にホコリついてる。取るから目ぇ瞑ってろ」

ユーリが細い腕を伸ばして小さい手を出してきた。

「え? あ、ああ」

「うわぁ、ほんとに睫毛長ぇな! こりゃホコリも絡むって」

「ひ、人の睫毛で遊ぶな」

「……ついでにさ、唇も触ってもいい?」

「え……? あ、ああ、いいぞ」

ユーリは両手のひらでペタッとぼくの唇を触ったようだった。

(ぼくからは見えない。)

「……柔らかい」

「あ、当り前だ」

ぼくからユーリが少し離れて行って、枕元を歩くその背中と後ろ頭が見えた。

そしてこっちを向くと、ユーリは座り込んでぼくの目をじっと見た。

「おれ、こうなって……分裂してな。少しだけ、少しだけだぞ、よかったと思うことは
あるんだ」

「へえ?」

よかったことが一つでもあるならそれは不幸中の幸いというものだ。

「お前に好きって言えただろ。こうでもならなきゃ多分おれはずっと言えなかった気が
するんだ」

「まあ……そうかも知れないな」

普段のユーリを思い出して苦笑した。

「今のうちにたくさん言っておこうかな。好きだよ、ヴォルフラム」

「一度で十分だぞ、ユーリ」

「そう言うなよ。元に戻ったら次はないかもしれないんだぞ」

「そう言われると、聞いておくべきなのかもしれないか……」

「好きだって気持ちがあふれちゃいそうでどうしようどうしようっていつも思ってるんだ」

「本当に、ユーリがそんなこと思ってるのか……???」

「元に戻ったら当分お前の顔見られないだろうな、あははは」

「恥ずかしくてか?」

「うん。でも、本当だから」

「ありがとう、ユーリ。ぼくもお前が好きだ」

「……うん」

ユーリは顔をくしゃっと歪めた。

「どうした?」

「悔しいんだ。この身体じゃ、抱きしめることもキスすることもできない」

「ユーリ」

「おれ、元の身体に戻りたいよ」

「でも、元の身体に戻ると、ぼくを好きじゃないユーリになってしまうのだろう?」

「違うよ! 他の部分に邪魔されてまるで違う人のように見えるのかもしれないけど、おれは
確かにその一部分なんだ。渋谷有利はヴォルフラムがちゃんと好きなんだ、断言する」

「……月にまた祈ろう。元に戻るように」

ぼくはそのユーリを連れて魔王の寝室に戻った。

そっとユーリを他のユーリたちが眠る寝台へ置き、窓際へと歩く。

青白い月が煌々とぼくや室内を照らす。

両手を組んで月に向かい、話しかけた。

「月の精とやら、今すぐ出てこい!!!」

現れた銀髪の男に訴えた。

「ユーリを、わが王を元に戻してほしい」

「上手くいっていたようではないか」

「そんなことはない、あのサイズでは結婚式も挙げられん」

「元に戻すとまた元通りの関係だぞ」

「そんなことはないさ。もう本音は聞いてしまったからな。あとはこちらが信じるか否かだ」

「つまらぬ、からかいがいのない……」

そう言うと男は突然消え、背後の室内でボン、と鈍く何かが弾けるような音がした。

「あ、痛ぇ……」

大きい? 普通サイズのユーリが寝台の上で自分の背中を押さえていた。

「ユーリ! 戻ったのか! 大丈夫か!?」

寝台まで飛んでいってユーリの顔色を窺い見た。

「ヴォ! ヴォ、ヴォ、ヴォルフラムっ! へ、平気だっ!」

ユーリが慌てて後ずさった。

少しだけ、寂しくなる。

感情にはそぐわないけれど、つい唇は微笑みを形作っていた。

「ユーリも疲れてることだし、ぼくは今日は自分の部屋で休むか」

出口の扉の方へ足を向けようとした。

ユーリが落ち着かない声で言いながら、ぼくの手首を掴んだ。

「あ、待てよっ。別にっ、疲れてないし、おれっ。ここで寝てけばいいよ!」

「ユーリ?」

「あの、だからその、さ……」

「なんだ?」

「要するにチビのおれが言ってたのは本当だってことで……」

真っ赤な顔して目も合わせずにユーリはぼそぼそと言った。

「ユーリ」

「なんてゆーか、いろいろ、こんなおれでごめん」

ユーリに思いっきり抱きついた。

月がやたら眩しく照らしてくるから、寝台の天幕を降ろした。

そしてユーリは彼の望み通り、ぼくを抱きしめて口付けを寄越した。

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