ユヴォルユで50のお題

□18 おはよう
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18 おはよう







目の前に一輪のバラを差し出された。

ユーリが少し身を低くしてぼくの目をまっすぐ見て言った。

「温室で一番綺麗に咲いていたものだよ。ヴォルフラムに、似合うと思って」

そのバラをユーリはぼくの胸ポケットに差し込んだ。

「あ、ああ…。ありがとう…」

ユーリは穏やかに微笑んだ。

「でもヴォルフラムと比べると綺麗な花もかすんじゃうね」

「そ、そうか?」

ぼくの手を取ると、ユーリは言った。

「夕食に遅れてしまう。行こう」

そのままぼくの手をひいて、ユーリは歩いて行こうとする。

「ヴォルフラム?」

動くのに戸惑ったぼくに気付いて、ユーリはぼくの顔を覗き込んできた。

ものすごく近くで目が合ってぼくは怯んだ。

「どうしたの?」

「なんでもない」

ユーリは実に艶やかに微笑んだ。

「本当に?」

驚いた。

心臓が跳ねた。

「…本当だ」

目線を落として何とかそう言うと、ぼくはユーリに手を離してもらえないまま
食堂へ歩いた。

食堂に着くと、ユーリはぼくに椅子を引いてくれた。

兄上も目を見張った。

「ユーリ、王が臣下に何をする?!」

「エスコートだけど?おれがそうしたいんだからいいじゃない」

ユーリの、『レディ・ファースト』ならぬ『ヴォルフ・ファースト』は食事中も
続き、食後に席を立つ際もユーリは立とうとしたぼくに手を差し伸べた。

ぼくはもう、黙って手を取るのみだった。

その後、風呂に一緒に入り、ユーリは日本じゃみんなこうするんだ、と言ってぼく
の背中を洗ってくれた。

「ヴォルフラムの髪は蕩けちゃいそうな手触りだね」

そう言ってユーリはぼくの髪を洗った。

更に湯から上がるとユーリは柔らかい手つきでぼくの髪を拭いた。

そしてぼくの肩を抱いてユーリはぼくを寝室まで連れて行った。

なんだか今日のユーリはぼくが絵に描いたユーリのイメージに似ている。

しゃんとしてエレガントで、綺麗な黒曜石の瞳が微笑んで、ぼくの理想の、ぼくだけ
を見ているユーリ。

ベッドの上にぼくは座り込んで、ユーリをぼんやりと眺めた。

ぼくの大好きな黒い瞳が微笑んで近づいてきて、ユーリもベッド上に座り込んだかと
思うとぼくを抱きしめた。

途端にぼくの心臓が走りはじめたように鳴りはじめた。

「ユーリ…?」

ユーリは抱きしめていた腕をほどいて、目を合わせた。

その目は微笑んでいた。

「ごめんね、ヴォルフラム」

「なにがだ?」

「婚約は解消しよう」

その言葉に、体のどこか…後頭部か背すじかそのあたり、がひやりと冷たくなった。

「何を言ってるんだ、ユーリ」

笑い飛ばそうとして失敗した。

ユーリはあくまで優しい声で言った。

「だから、別れようってこと」

「……本気か?ユーリ?」

「うん、ごめん」

「なぜだ?!ぼくに悪いところがあったなら直す!」

ユーリは微笑んだまま首を横に振った。

「ヴォルフラムは悪くない。悪いところがあるとしたら、おれの中に」

「う、浮気か?!」

「そう言われても仕方ないかもしれない」

「冗談だと言ってくれ、ユーリ…」

ぼくはそう言ったが、うまく声にならなかった。

今度は大きな声を出す。

「この浮気者!!」

今度はうまく怒鳴ることができて、自分の声の大きさに驚いてぼくは目を開けた。

すると、ぼくはベッドに寝て布団をかぶっていて、朝日が眩しくて、ユーリは
ランニング用の服に着替えている最中だった。

「ど、どうした、ヴォルフ?!おれ何も浮気してないよ?!」

おどおどとユーリが言った。

ぼくは呟く。

「……夢か…!!!」

「おはよう…どんな夢だったかはあえて聞かないけど、珍しいね、ヴォルフがこんな
時間に起きるの」

「ふん」

ぼくはユーリから顔を…いや、体ごとひねって視線を逸らした。

「ヴォルフ?どうしたんだよ」

ユーリがベッド上に乗り上がって近づいてくる気配がした。

「ヴォルフ?」

ぼくは不機嫌な顔のまま、ユーリの方へ向き直った。

「!」

振り向いたぼくの額にユーリの唇が当たった。

ぼくもユーリも動きを止めた。

額に当たっている唇の感触に、ぼくはドキッとして、そこから指先まで甘い電気の
ような痺れが走った気がした。

次の瞬間、慌ててユーリは身を引いた。

ぼくは自分の頬が赤くなっているのを自覚した。

なんとなくその額の部分に手で触れた。

ユーリは口の中のどこかをぶつけたのか、口を手で押さえている。

「ユーリの尻軽、朝から額に接吻なんて」

「ごめんっ!事故なんだ、許して!」

「…事故だと…?!」

額に口付けるくらい、普通にしたって構わないのに。

特に今は起きたばかりだ、おはようのキス、として言い訳は十分にあるんだ。

「えっ?!とにかく、ごめん…!!」

ユーリは逃げるように部屋を走り去っていった。

ぼくはしばらくユーリの去って行った部屋の出入り口方向を眺めていた。

眺めながら、笑みがこぼれた。

「やはり、ぼくのユーリは、へなちょこユーリじゃないとな!」


END

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