ユヴォルユで50のお題

□02 ねぇ気付いてよ
1ページ/1ページ

02 ねぇ気付いてよ








その姿を見た時、ぼくがあまりにも恋しがっているものだから、また幻でも見た
のかと思った。

眞王廟の噴水に現した漆黒の髪に、闇色の瞳、希望を見つめる前向きな表情。

ユーリが帰ってきた。

もう、会えないと思っていた。

ユーリが向こうへ戻ることを望んだのだから、ぼくもそれを受け入れようと思い
ながらも、あの時引き止めなかったことを後悔した夜もあった。

ユーリが向こうへ戻ってしまってしばらくの間、もうどうやって過ごしていたか
今では思い出せない。

血盟城のどこを見てもユーリを思い出していた気がする。

ひょっこりと、次の瞬間にも帰ってきそうで。

いなくなって余計身に染みた。ほんの短い期間にユーリはぼくの心をどこまでも
塗り替えてしまったんだ。

もう会えなくなったからといって、ぼくは空っぽになるわけでなく、ぼくの中の
ユーリは色あせることなく、その存在は深く根付いていた。

会えなくなる前以上に大事な存在になっていた。

突然帰ってきたユーリは驚いた顔をしていた。

それ以上に驚かされたのはこっちだ。

たくさんの感情が一度に押し寄せてきて、ぼくはユーリに怒鳴りながら掴みかかった。

胸がものすごく痛かった。

コンラートがユーリに、おかえりなさい、あなたの国へ、と言った。

「ただいま」

ユーリがそう言うと、ぼくもどこからか優しい気持ちがわき出てきて、笑んでいた。











毎夜ぼくを照らす月。今日は一層明るい。

「あははは、やっぱりお前はさっそくベッドに潜り込んでくるわけね、ヴォルフラム」

寝間着姿で魔王用のベッドでまどろんでいると、シーツをはがされてユーリが笑い
ながら言った。

この間のユーリの不在では、ぼくはここには立ち寄らなかった。

思い出が多すぎたからだ。

時間が経っているのにまだユーリの香りが残っている気がしてならない。

「いいじゃないか。婚約者なんだから」

ぼくが身を起こして返すと、ユーリは戸惑った顔をした。

「ユーリ?」

「あのさ…」

「なんだ?」

ユーリはベッドに乗ってきてぼくに目線を合わせた。

「その、婚約者ってやつさ…」

「うん…?」

「まだ有効なわけ…?」

似合わないほど真剣な顔をしてユーリはぼくの眼を見た。

いったいユーリはどんな答えを望んでいるのだろう?

「…なぜそんなことを訊く?」

「だって…おれ、もうこっちに帰ってこれないと思ってたから、婚約ももちろん解消だと
思ってたんだよな」

「ぼくがユーリの婚約者であることに変わりはない」

ユーリが目に見えてほっとした表情を見せた。

こんな些細なことでうれしい。

「よかった。なんか、元通りっていうか、なんていうか…。おれ、本当にこっちに帰って
これたんだな」

「ああ」

「本当にヴォルフラムなんだな。うん、この宝石みたいな緑の眼は間違いない」

…まるで口説いているようなことを言われたが、へなちょこのこいつのことだからきっと
その気はないのだろう。

「こっちだって、本当にユーリなんだなと思うぞ! もう帰ってこないんだと思っていた
のだからな」

「……ただいま…!」

な―――――――!

もしかしてぼくは今ユーリに抱擁されているのか?!

それもこの強さはただの挨拶ではない気がするけど気のせいか?!

早く離せ! 激しい心音が悟られてしまうじゃないか!

…いや、離さなくてもいい…。

ユーリはぼくを抱きしめている腕を緩めると、ぽつりと言った。

「おれ、向こうに帰って、もう会えないのかと思ってさ、泣いたりしたんだぜ」

「…ユーリ」

「ま、もう済んだことだ。寝ようか」

ユーリに言われてぼくは一緒に布団にもぐりこんだ。

ユーリが明かりを消した。

ユーリ、ぼくも泣いた。

もう覚えていられないほど、苦しい一人の夜を過ごした。

でも、お前はそんなこと知らずにいてほしい。

ぼくがお前を想って過ごした日々は、ぼくと月だけが知っていればいい。

月がやさしく包むように今日はひとりではない寝床を照らしている。



END

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ