ユヴォルユで50のお題2

□50 またね
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50 またね







「そういえば、ちょうどいい時に来たね、って言いたいところなんだけど……
曇っちゃうかなあ」

ユーリは服のまま浴槽にいたぼくに手を貸しながら言った。

「何の話だ?」

「明後日、こっちでは金環日食なんだ。日食は眞魔国でもあるんだろ?」

「それはあるが、何か珍しいのか?」

「珍しいじゃん、それも金環食なんだぞ?」

「金の輪のように見えるあれか。見たことはあるぞ」

「……そうか、お前は83歳なんだった。人間は寿命が短いから、見られるチャンスは
少ないんだ。おれ、見たことないから楽しみにしてたんだ。曇らないといいなあ」

「お前は人間じゃないだろう。これからいくらでも観られるさ」

そうは言ったが、魔族と人間の混血のユーリが一体何歳まで生きられるものなのか、
誰にもわからない。

ユーリもそれを言おうとしたのだろうか、口を開きかけて、止めた。

「着替えて買い物に行こう」

「何を買うんだ」

「日食を観るための眼鏡だよ」

「そんなものがいるのか?」

「当たり前だよ、そのまま観ると目を痛めるぞ」

ユーリの服を着せられて買い物へ行き、二つ眼鏡(双眼鏡?)を買った。







「何とか観られる程度に晴れてよかったな」

そういうユーリは楽しそうだ。

漆黒の髪が朝日を弾いて美しく、それだけでよくできた絵画のようだ。

特別観たいわけではなかったが(朝早く起こされたし)、ユーリがうれしそうなので
よかったとする。

「どうしてそんなに日食が観たいんだ?」

「日食は日食でも、金環日食だからさ。あの金色の輪っか、写真でしか見たことはない
けど、綺麗じゃない?」

「そうだったかな……」

「あれが、金の指輪みたいでね。そんな有名な曲もあるんだ。おれが生まれたころの曲
なんだけど」

「どんな」

「え?」

「どんな曲だ」

「う、歌えないよ」

「そうか」

「ちょっと待って。勝利ぃ! ちょっとパソコン貸して!」

「なんだ、朝っぱらから。日食観るんじゃなかったのか」

「まだ10分先だ」

ユーリはショーリに小さい折り畳みのぱそこんを借りてくると、弄りはじめた。

「あった、歌詞」

ユーリはぱそこんに出された文字の羅列をぼくに見せた。

「……こっちの文字はあまり読めない」

「しょうがないなあ……関係のあるところだけ読むよ」

「嫌ならいいぞ」

「指輪をくれる? ひとつだけ 2012年の金環食まで待ってるから とびきりのやつを
忘れないでね そうよ 太陽のリング」

「太陽のリングか。なるほど、世界に一つしかないな」

「金色のシンプルな輪だから、マリッジリングに例えられるんだ。この歌歌ってる人も
今年結婚した」

ユーリは、他の画面を開いて、いろいろな日食の写真を見せてくれた。

「ダイヤモンドリングやベイリービーズってのも見てみたいな。これも綺麗だろうなあ」

「ユーリがそんなにこういったことに興味があるとは思わなかったな」

「何言ってるんだよ、お前と観るからいいんじゃないか」

「ぼくと?」

「ああ、そろそろ観に行かないと」

手を引かれて、再びバルコニーへ移動した。

「♪あーなたがいればー なーけるほど しーあわせにーなる……」

ユーリがぼそぼそと、でも楽しそうに歌った。

「さきほどの曲か? なんだ、歌えるんじゃないか」

「ここだけね」

「ユーリ」

「あ、始まったかな。ヴォルフ、裸眼で観ないで、眼鏡使って」

時折休みながら、太陽の輪を二人で観た。

「ぼくたちの本物の結婚指輪はどんなものにしようか」

冗談で言ったら、ユーリは本当に考え込んでしまった。

「眞魔国の結婚指輪は、魔石が主流なんだろ? 何色のものがいいかな」

「……ユーリには黒が似合いそうだな」

「えー、指輪まで黒なのか? そうだな、おれは金色がいいよ」

「金色? あの太陽のような?」

「いや、お前の髪みたいな蜂蜜のような金色が。それ見て相手を思い出せるのって、
いいじゃん?」

「結婚したら、いつでも傍にいるのだぞ」

「あ、そうか。でも、それでも。……いいね、いつでも傍にいてくれるのって」

「今でもできるだけ傍にいるがな」

「うん。おれ、今になって思うんだ。ヴォルフを婚約者にしてよかったなって。あのときは
ひょんな習慣の擦れ違いだったんだけど、結局は必然だったんだな」

「そうだろう」

「そう。だって、おれ今こんなに満たされててさ。人を好きな気持ちのパワーってすごいな」

「……それはユーリがすごいんだろう」

『あなたがいれば 泣けるほどしあわせになる』

沁みるようにユーリがさっき歌った一節。

それに共感するには、豊かな感受性やいろいろなものに感謝が持てる謙虚さが必要だ。

ユーリは内面の豊かな人物だ。

ぼくには到底真似できないと思わせるところがある。

「別におれ普通だって。あ、もう金のリング、終わってきちゃったな」

そう言われてまた、眼鏡越しに太陽を観た。

「そうだな」

「おれたちの結婚指輪はまだ当分先だけどさ」

「ん?」

「いつか、必ず作ろうな。おれたちの指輪」

「……ああ」

「そんで、また地球の日食もふたりで一緒に観ようよ」

「え?」

「次は2021年6月10日に北アメリカで観られるらしいよ。今度はダイヤモンドリングが
観れるかも」

「そうなのか?」

「絶対綺麗だと思うんだ! 一緒に観よう!」

「ああ」

「ついでにメジャーリーグのゲームも観戦してさ!」

「……ああ」

よく話が解らなかったが、ユーリがとても楽しそうだったので頷いてしまった。

「うん、ちょうどいいから、それ新婚旅行にしようか?」

「ああ」

「やだな、冗談だよ」

「冗談だったのか? ぼくはいつでも構わないぞ」

「2021年だと9年後だぞ? そんな先でいいのかよ?」

ユーリはなんだか拗ねたような顔を見せた。

ぼくは不思議な思いを隠さないままユーリに答えた。

「たった9年じゃないか?」

「そっか、時間の感覚が違うんだな。9年って長いよ。そんな先まで待たせたくないな」

ぼくは黙って微笑んだ。

ユーリもぼくの顔を見て、吸いこまれそうな黒い瞳を細めて微笑んだ。

ユーリは終わりかけた日食に手を振った。

「じゃあ、またね!」

欠けてしまった金のリングに背を向けて室内に入ると、ユーリはぼくに触れるだけの
優しい口付けを寄越した。



END

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