ユヴォルユで50のお題2

□49 おかえり
1ページ/1ページ

49 おかえり

(連載小説『365日』の最終回後日談です)







眞魔国にあわてて帰ったら、ヴォルフラムはちょうど地方視察に行っていていなかった。

思うように早く帰れなかったけど、その代わり帰ったらちょうど指輪が出来ているころ
だろうからまあよかったかもしれない。

ギュンターとコンラッドとウルリーケにお帰りなさいと言われ、おれはただいまーと
力なく答えた。

ヴォルフラムがいないというだけでこんなに全身に力が入らない。

駄目だなあ、こんなことじゃ。

城でギュンターから出来上がった指輪の箱を受け取り、部屋でそっと箱を空ける。

慎重に手にとって陽にすかして見た。

永遠の愛を誓う象徴のダイヤモンドが内側に埋め込まれている。

翠色の透き通った魔石の指輪は、それは綺麗なものだったが、ヴォルフラムの瞳には程遠く
及ばない。

あの生き生きとした瞳に早くまた会いたい。

もう一体どれだけ夢中なのか。

自分で苦笑する。

会って、好きだって言って、抱きしめて、キスをして、この指輪を渡して、一緒に暮らすんだ。






「で、いつ帰ってくるんだよぉ……」

もうおれがこっちに来てから三日も経った。

日帰りの視察だと思ってたおれは甘かった。

書類にサインをしながら愚痴をこぼしたおれに、コンラッドは笑顔を見せながら言った。

「陛下。お顔が残念な感じになっていますよ」

「残念言うなよ〜。仕方ないだろ、持って生まれたものはぁ」

「そういう意味ではありません。もっときりっとしていれば誰もがうっとりするようなお顔
なのに」

「ああ……おれが帰ってくるのを心から待っているって言ってたのに、なあ……」

「ヴォルフラムですか。あの子だって好きで今行ってるわけではないでしょう」

「う〜」

「仕方のない人ですね。他のことではわがままなんて言わないのに、ヴォルフのことになる
とすぐ文句を言うんだから」

ギュンターがコホン、と咳をひとつして言いだした。

「そのようになかなか落ち着けない時は、精神的なストレスが原因でしょう。解消には手先の
単純な作業が有効ですよ」

「では、刺繍でもしますか? 陛下」

「誰が刺繍なんて。おれには無理だよ、やったこともないんだから。ああ、でもそれなら」

おれは書類を放り出して立ち上がり、ギュンターが残念そうな顔をした。






「で、料理ですか?」

「うん」

つきあいのいいコンラッドは一緒に厨房に来て、玉ねぎを刻んでいる。

「大したものですね。俺でも料理はあまり上手くない」

「上手いかどうかは知らないけど。学校でも習うんだよ、こういうのは」

「へえ。士官学校じゃやらなかったな」

「あははは、そうだろうな。ヴォルフラムも士官学校卒か?」

「そうですよ」

「じゃあ、おれの方がきっと料理上手だな」

話しながら、おれはどんどん芋の皮を剥いた。

「器用な子ですけど、何分経験のないものは分が悪いでしょうねえ」

「やっぱり、男としちゃ好きな相手の手料理ってのは一度口にしてみたいものじゃない? 
早く帰ってきてあいつも食べられるといいな」

「……それはそうですけど立場的にどうかと思わなくもないですね」

鍋にバターを溶かして玉ねぎ、卸したにんにく、唐辛子、ひき肉を加え20分ほど炒める。

炒める時間が長いが、話し相手がいるのでそんなに苦痛ではない。

ニンジン、ジャガイモも加えて炒めてから、小麦粉、スパイス類も加えて馴染ませながら
1分ほど炒める。

コンラッドが感心したような顔でおれの手つきを見ている。

残りの材料(スープ、卸したチーズ、ヨーグルト、トマトペースト、ソース、赤ワイン、塩)
を加えて弱火で30分煮る。

「初めて作った割には上手く出来たかも。ルーから作ったカレー」

味見の小皿をコンラッドにも渡した。

小皿を傾けたコンラッドは無表情になった。

「……あまり美味くなかった?」

「いえ。美味しいですよ」

「そっかそっか」

「ただ……もしかしたら……」

「ん?」

ちょうどその時、ダカスコスが厨房に入ってきた。

「ヴォルフラム閣下がおかえりになりました!」

「ほんとう!?」

この時コンラッドの言葉の続きを聞かなかったことをおれは後になって少しだけ後悔した。






まだ馬に乗ったヴォルフラムを出迎えた。

「ヴォルフラム!」

ストン、とヴォルフラムは馬から降りておれに笑顔を見せた。

「ユーリ」

そして、二人同時に言った。

「「おかえり」」

おれは笑いながら返した。

「ただいま」

ヴォルフラムは不思議そうに言った。

「ユーリに『おかえり』と言われるのは変な気がするが」

「お前の帰る場所は血盟城でもビーレフェルトでもなくて、おれのところだよ」

「ユーリ」

「だから、『おかえり』」

待たせやがって。

人目も気にせずに、ヴォルフラムを抱きしめて、その金の髪をくしゃくしゃにしてやった。

「ユッ、ユーリ! 人前では控えろと言っているだろうが!」

「大声でその発言もどうかと思うよ、ヴォルフラム」

コンラッドが諦めたようにぼそりと言った。

「あ、そうだ。腹減ってない? ちょうど昼食が出来たところなんだ」

「そうか」

「結構自信作なんだ」

「え!? ユーリが作ったのか!?」






ヴォルフラムは涙目で皿を見た。

「……不味かった?」

おれが訊くと、慌てて金色の頭をぶんぶんと横に振る。

コンラッドが静かに、静かに言った。

「辛いのが駄目なんです」

「えっ? 辛い? これが!?」

「苦手な者には敏感に感じられるものなんですよ」

「厨房で言いかけてたのはこのことだったんだな。あー、じゃあコンラッドも苦手
なんだろ」

「なに!? そうなのか、コンラート!」

コンラッドは微笑んでヴォルフラムの詰問をごまかした。

「グウェンが用があるって席を外したのは多分逃げちゃったんだな」

「鋭いですね、陛下」

「兄上もか!?」

「ヴォルフ、無理に食べなくてもいいよ。あー、ごめん。ヴォルフに何か食べる物を持ってきて
あげて」

「いいんだ、ユーリ。ぼくはこれを食べる」

「でもヴォルフ」

「ユーリがせっかく作ってくれたんだ」

おれは傍に控えていたメイドさんに頼むものを変えた。

「じゃあ、生クリームと乳酸飲料を持ってきてあげて」

「はい」

ヴォルフラムの皿に生クリームをたっぷりと掛けて、芋をつぶしながら食べるとまだましだよ、
と教えた。

甘い乳酸飲料は水よりも辛みをごまかしてくれる。

そうしてヴォルフラムは何とかカレーに口を付けられるようになると必死でそれを食べていた。

可哀そうかもしれないけど、一生懸命なのが可愛い。

あんなに汗かいちゃって。

「へ・い・か。さっきから手が止まってますが、お食事もういいんですか? それと、お顔が
にこやかな方面に残念な感じになってます」

「だから残念言うなよ。まだ食べます。ヴォルフ」

「な、なんだ?」

「今度はちゃんとお前でも食べられる物作ってやるからな」

「なっ、いい。王が厨房に入って料理など」

「いいの、ストレス解消も兼ねてるんだから」

「す、すと、れす……?」

「帰ってきて、おかえりー、食事にする? お風呂にする? ……とか訊かれるのって、
やっぱ男の夢だよな! だろ?」

「よくわからんが。別に何もお前が食事を用意しなくても……」

「いいんだよ。次はシチューでも作ろうか」

「いいですねえ」

「コンラッドに言ってない」

「残念」

「立場的にはぼくが言うべきなのか? 食事にするか風呂にするかってやつは……」

「べつに、その時帰ってきた方が言われればいいじゃん。交替で」

「『おかえり』の言葉とともにか」

「そうそう」

「ごくたまにはいいかもしれないな」

「ごくたまになのかー?」

「はははは」

少しだけ、その笑顔に見惚れてから、おれは静かに口を開いた。

「ヴォルフラム」

「なんだ?」

「あとで、渡したいものがあるんだ」

「なんだ?」

「あとでね」

「覚悟しておく。ユーリの贈り物は一癖も二癖もあるものばかりだからな」

「うん、できる限り覚悟しておいてよ」

そう念を押してからおれはあの指輪をヴォルフラムに渡した。

ちゃんと念を押したから大丈夫かなと思ったんだよ。

でも、ほんのちょっとではあったけど、まさかヴォルフラムが泣いちゃうなんてさ。

白い薬指に緑色の指輪をそっとはめてやってから、その頭を引き寄せて蜂蜜色の髪に
唇で触れたんだ。

思ったとおり、緑色の魔石の小さなリングはヴォルフラムによく似合っていた。

「もうおれから離れないで、いつも一緒にいようよ」

ヴォルフラムは静かに、でもしっかりと頷いた。



END

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ