ユヴォルユで50のお題2

□48 ただいま
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48 ただいま










銭湯の湯に浸かりながら、一向に動きを見せない蛇口や排水口をじっと見つめた。

「渋谷ぁ。そんな顔したってまだ駄目なものは駄目だよー?」

面白がって茶化す親友を、軽く睨み付けた。

「おー、怖い怖い。何苛立ってんのさ、渋谷君は」

「……だ」

「え?」

「もう10日だ! こっちに来て10日も経ったって言ってるんだよ!」

「そうだっけ? まだ10日だったっけ」

何を聞いてるんだ、ちゃんと耳まで洗ったのか? 村田。

「もう10日だって言いたいんだよおれは」

「もう10日でもまだ10日でも10日には変わりないよ渋谷」

「こっちで10日経ったってことはだ。向こうでは2週間は経ったってことだよ2週間!」

「それがなんなのさ」

「ヴォルフラム、おれのこと待ってるんだろうなあー……。あーもういてもたっても
いらんないよ、おれ」

言いながらおれはパシャパシャと湯をかき混ぜた。

「そういうのは待たせた方がいいんじゃないの?」

「なんでだよ?」

「待てば待つほど恋しさも増すってものじゃない」

「こ、恋しさ……! そ、そうか!?」

「そりゃそうさ。昨夜会ったばかりの恋人と、もう2週間以上も会ってない恋しい人と、
君ならどっちに飛びついて会瀬を喜ぶか想像してごらん」

「両方」

「君に訊いた僕が馬鹿だったね」

おれは村田の両肩をポンポンと叩きながら言った。

「そんな、お前が馬鹿だなんてそんなことあるわけないだろ、村田ー」

「なんだなんだ、突然!?」

「どうかしたら、飛びついて会瀬を喜んでくれたりしちゃうと思う?」

「フォンビーレフェルト卿が?」

「他に誰がいるって言うんだよ」

「まあ……方法によってはそういうこともあるんじゃないかなあ?」

「例えばどんな!?」

「……さあ?」

「えー……」

「こういうのは下手な小細工せずに、渋谷が思うとおりに行動した方が上手くいくん
じゃないかな。なんてったって両想いなわけだし」

「え……おれたち、両想いなのかなあ……」

「そこからか」

「なんか言ったか、村田?」

「いやあ、何もー? ん? フォンビーレフェルト卿が待ってるだろうってことには
自信があるんだろ? じゃあ渋谷は自分の気持ちを自覚してないってことかな? あれ?」

「さっきから何をぶつぶつ言ってるんだ、村田。風呂入りながら考え込むとのぼせるぞ」

「あーもう、きみは次向こうへ行ったらまずフォンビーレフェルト卿と両想いなのを
改めて確かめるんだ! いいね!」

「え……わ、わかりました……って言ってる間に、即これかー!」

広い浴槽の底にでき始めたぐるぐる渦に巻き込まれる。

「ああ、ちょっと僕を置いていかないでよ。僕見物したいんだからーっ」







出た先は眞王廟の噴水だった。

おれも村田も慌てて体を隠した。

「何を見物するって、村田……」

「いやあ……皆さん、こんにちは。あの、かしこまるより先に服をくれるかな、
服!」

ギュンターとウルリーケがタオルを出しながら静かに頭を下げた。

「はい、おかえりなさいませ、陛下、猊下」

コンラッドがにこやかな笑顔で着替えを差し出した。

「おかえりなさいませ、どうぞ、陛下、猊下」

ヴォルフラムが噴水に入ってきそうな勢いで喚きだした。

「ユーリ! どうしてお前たちは二人そろって裸なんだっ」

噴水から出て体を拭き、黒いいつものやつを着る。

「風呂入ってたんだよっ、って、ただいま。みんな。変わりない?」

「はい。陛下もお元気そうで」

「うん」

村田が、学ランの袖に腕を通しているおれの背をとんと押した。

「渋谷。こっち来たらまずすることあったろ?」

「ちょ、ちょっと服着る間くらい待てよ」

「どうしました、ユーリ」

コンラッドが尋ねてくる。

「あははは……ちょっとね……。ヴォルフラム」

名を呼んでこっちを向いたヴォルフラムの両肩を掴んだ。

「おれ……その、こっちにいつも帰ってくるんだけど……お前におれの帰ってくる
場所になってほしいんだ」

ヴォルフラムはエメラルドの瞳をさらに大きく見開いた。

「……あの、何が言いたいのか、よくわからないんだが?」

「ええと、おれはお前に一番『ただいま』って言いたいんだ。お前も『おかえり』
って言ってくれるか?」

「おかえり、ユーリ」

おれはヴォルフラムをそっと抱きしめた。

ヴォルフラムはギュッとおれを抱き返した。

「渋谷……。まあ、これが今の君にできる精一杯ってとこなんだろうね」

「あったりまえだ! こんな人がいっぱいいるところでこれ以上のことが言えるかっ」

抱きしめていたままだったヴォルフラムがぼそぼそと言った。

「ユーリ、待っていたぞ。元気だったようだな」

「うん。ただいま……」

噴水が陽の光を反射して、きらきらときらめいていた。


END

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