ユヴォルユで50のお題2

□44 元気ないじゃん
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44 元気ないじゃん







「元気ないじゃん」

本を手にしながら読んでいなかったぼくにユーリの声が降ってきて、顔をあげた。

「どうしたんだよ、ヴォルフ」

ぼくは本を閉じてユーリの問いかけに返事をした。

「どうも何もないが?」

「何言ってるんだよ。ずっと心ここにあらずって感じだし、ため息ばっかりついてるし」

「お前の気のせいだろう」

「気のせいなもんか。心配してるんだぞおれは。なあ、コンラッド」

そこでコンラートに意見を求める理由がわからないぞ。

「陛下はヴォルフラムがあまりにため息をつくので朝からずっと心配してるんですよ」

朝から。

「心配されるほどのことではない」

「そうは言うけど、現に元気ないじゃんか……」

「ヴォルフラム、このままでは陛下までお前につられて元気がなくなってしまうぞ?」

「元気なら十分だ! ユーリ、そこまで言うのなら剣の稽古をつけてやろうか!?」

「え、遠慮しておきマス……」








夕食時にはみんなに様子を窺われて、弱った。

ユーリがぼくが思わずため息をつくたびに大丈夫か、などと声をかけてくるせいだ。

それも5回目くらいには放っておいてくれ、などと大きな声を出してしまった。

無意識についたため息の多さを自覚させられつつも、ユーリの考えなしのせいで無駄に
みんなに心配をかけてしまった。

グレタがいなかったのは幸いかもしれない。

ギュンター……義父に話を聞いたのか、緑の髪をした幼馴染が食後にやってきた。

「閣下。何かお体に不安なことがおありならご相談くださいね」

「ギーゼラ。いや、そういったことは全くないんだ」

「そうですか。もし何かあったらお呼びください」

「ああ」

「失礼します」

まったく。どこまでおおげさな話になっているんだ!?









「ユーリ!」

ユーリの寝所へ行って、抗議する。

「何、ヴォルフ。元気になった?」

「お前がいろいろ騒ぎ立てるから、ギーゼラまで出てきたじゃないか。おおげさにもほどが
あるぞ」

「だって、お前朝から何回ため息ついてるんだよ?」

「はあ……」

「あっ、またため息ついた」

「今のはお前のせいだ!」

「じゃあ他のはなんのせいなんだよ?」

「……」

「まあ、風呂ででもゆっくり聞くよ。背中流してくれよ」

ユーリに背を押されて魔王用の風呂へ向かった。

石鹸の泡をたっぷりとたてた布で、ユーリの背中を擦る。

「……」

「……」

「……昨日はおかしくなかったもんな。今朝、なんかあったのか?」

「別に……少し、嫌な夢を見たんだ」

「夢?」

「ああ。夢だとは解っているのだが、ふとした拍子に思い出してしまうんだ」

「どんな夢?」

「……」

「言えないなら、いいよ」

ユーリは今ぼくに背中を向けている。

今なら言えるか。これ以上心配されたくはない。

「お前が向こうの世界に戻って、こっちに帰ってこなくなる夢だ」

ユーリが振り返ろうとした。

その肩を手で押さえて、ユーリの動きを止めた。

「こっちを向くな。今、背中を流しているんだぞ」

「うん……」

「うなされて起きたらお前は走りこみに行っていていなかった。焦ったな」

「あの……どんな気持ちだった、その夢……」

「……怖かった。ただ怖かった。それだけだ」

「あの、おれ……」

「ただの夢だ。解っている、ユーリ」

「うん」

「流すぞ」

湯をユーリの背中に流して泡を落とした。

「ヴォルフ、おれはちゃんと帰ってくるからさ」

「解っている、そんなこと、解っているんだ」

「ヴォルフ」

「ただ、あの夢の中の恐怖をふと思い出してしまうだけなんだ」

「うん……」

「情けないと笑いたければ笑っていいぞ」

「ううん。だってそれっておれのこと想ってくれるのが強ければ強いほど怖いんだろ?」

「そうか?」

「そうだよ。……なあ、もうそっち向いてもいいかな?」

「あ、ああ」

ユーリはぼくの方を身体ごと向いて、その前頭部をぼくの前頭部にこつんとぶつけてきた。

「おれもさ、向こうに帰ると、こっちに戻れなくなるんじゃないかって怖くなったりするん
だよ」

「ユーリがか?」

「うん。そんでおろおろしたりして、村田に怒られたりしてるんだ。元気出せーってね」

「そうなのか……」

「無理に元気出すのはなんか違うと思うから、おれは元気出せとは言わないよ」

「ユーリ」

「でも、おれはいつでもこっちに帰ってきたいと思ってる。こっちにはお前がいるから」

くしゃくしゃと頭を撫でられた。

「撫でるなっ」

言いながら、ユーリの頭を撫でて返した。

手触りの良い、まっすぐな髪だ。

「あははは」

「もう……。夢の中のお前は向こうの世界しか見ていなくて、なんだか冷たかったんだ」

「それ、おれだって、よく認められるな」

「そういえば、お前ならどっちも大切だっていうんだろうな」

「うん」

「はあ……」

「またため息」

「今のはユーリの甘さに出たため息だ。まったくいつまでたってもへなちょこだな」

「へ、へなちょこ言うなっ」

次第に、実在のユーリの方が眩しくて、夢の中のユーリもそれを見た時の怖さも記憶から
薄れていった。

こうして眠ったら怖い夢も見ないよ、と言ってユーリはぼくの手をしっかりと握って眠った。



END

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