ユヴォルユで50のお題2

□40 イヤ?
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40 イヤ?







寝床を共にし始めた頃、こちらにはほぼ関心を寄せなかったユーリだったが、いっそあの頃が
懐かしい。

はっきり言おう。

ユーリは『接吻魔』だった。

本人曰く、経験はなかったそうだが、いざやってみたら気に入ったらしい。

はじめは特に告白もなく、ただそういう雰囲気になって唇を寄せてきたらしい。

唇が離れると、ユーリは目を逸らして突然『ごめん』と言った。

「なぜ謝る? 突然でもなかったし、嫌ならとっくに逃げているさ」

とぼくは返した。

それを聞いてユーリは、

「そうだよ! ヴォルフの唇の形がそんなに綺麗だからいけないんだ!」

と言い出した。

その後、小さく『そうだよ……』と自分の唇に指で触れながらユーリは呟きなおした。

「ユーリ?」

その晩だっただろうか。ユーリがまたぼくの口元を見つめながら言ってきたのは。

「おれ……キスがそんなに気持ちいいものだなんて思わなかったんだ。お前の唇、ふわって
柔らかくってさ。すんごいドキドキしちゃってさ……」

「そうか。ぼくも、まあ、ドキドキはしたな」

普通の顔は取り繕ったが、正直なユーリのためにドキドキしたことは告げてやった。

「あのさ、また……しても構わない……?」

その時ぼくが頷いた時のユーリの笑顔ときたら!

しかし、それからユーリは二人きりになれば必ずと言っていいほどぼくの唇を狙うようになった。

時々自分の唇に家出させたくなるほどだ。

ユーリがよければいいと言いたいところなのだが、限度というものを知れ。

ぼくの存在価値は接吻のみなのか!?








一日の終わり、湯浴みを終えて寝室に入る。

もちろんユーリの寝室だ。

寝台で柔軟運動をしていたユーリが動きを止め、そっと寄ってくる。

「ヴォルフ。風呂は終わったんだね」

「ああ」

「いい匂いがする。なんだろう」

「洗髪水の香りだろう。種類を変えたんだ」

ユーリがぼくに対していい匂いがする、と言うのはその匂いに興味があるからじゃないと
もう知っている。

ぼくにより近寄るための口実だ。

案の定、話をするだけには十分以上の近距離にするりと入ってくる。

髪に触れて香りを嗅ぐが、顔を近づけるための工作だ。

ぼくにそんな小細工なんてなくたって構いやしないのに。

ほら、睫毛を伏せて、神秘的な黒い瞳が近づいてくる。

半分濡れた髪に触れていたユーリの手はすでにぼくの肩の上にある。

軽く唇を重ね合わせる。

同時に肩を撫でられる。

寝室では立ったままでするのはここまでだ。

いつも、すぐに寝台へ引っ張りこまれる。

せっかく寝台があるんだから落ち着いて座ってしたいらしい。

寝台で座ってするときのユーリの接吻は度が過ぎている。

ぼくが唇を開くとゆっくりと舌が侵入してきて、口腔内を探る。

ぼくの舌がまるで氷菓か何かだと思っているのか、優しく溶かすようにユーリの舌は絡んでくる。

さらに両手で身体中を柔らかく触れられる。

ぼくもおとなしくもしていられなくて反撃のように舌を絡めようとするのだが、宥めるような
ユーリの呼吸にいつの間にか酔わされてしまう。

着ていた寝間着は肌蹴られて、そう、まるで前戯のようだ。

その状態で無邪気に『はい、おやすみ』と来るのだから、気がしれない。

それが毎日だ。

ぼくは怒ってもいいだろう?

だから、今日こそは阻止する。

ユーリは、こちらが唇を開かなければ無理に舌を突っ込んできたりはしない。

ぼくが口を閉じていればいいだけの話だ。

「……ん」

「……」

ユーリ、困ってるな。

なかなか諦めずにぼくの唇を舐めてばかりいる。

「……ヴォルフ」

とうとう離れた。やったぞ。

……ユーリが離れていって喜ぶと言うのも変な話だが。

「なんだ」

「なんか、怒ってるのか」

「怒ってるとも」

「何……? あ、あのさ。今更いうのもアレだけど、おれ好きじゃないやつにキスなんて
しないからな……っ」

「……そうか。それはよかった」

少しほっとして、笑みがこぼれ、ぼくを見たユーリもほっとした顔を見せた。

「あ、じゃあ……」

「待て」

「え、な、何……」

「それとは別問題だ。……お前の寝台の上の接吻は接吻と言う類のものじゃないぞ」

「え、変だったかな。おれ経験ないし、どういうのがいいのかな」

「もっとあっさりすませろ」

「そんな。……じゃあ、おれがしてたのって、どういうものって言うんだ?」

「……ああいうのは」

「ああいうのは?」

「……前戯と言うんだ」

「……イヤ?」

「え」

「だから、イヤなのかって……」

「ば、馬鹿者!!」

嫌なわけがあるか!

と、そんなことが言えるか!

途端に激しくなりだした鼓動を押さえるように胸に手を当てながら、赤くなった顔をごまかそうと
うつむいた。

「あの……」

「なんだ!?」

「ねえ、あのさ。もしイヤじゃないのなら、ヴォルフの方からキスしてくんない……?」

「え?」

「ヴォルフの方からキスしてもらったこと、ないよ」

黒曜石の瞳で見つめられ、吸いこまれるようにユーリに静かに顔を近づけた。

漆黒の髪に指でそっと触れる。

ユーリの舌が優しくぼくの口腔内を探り、舌を転がす。

ついこの前までキスもしたことなかったと言っていたくせに、いつも翻弄されてぼくは悔しかった
のかもしれない。

ユーリと呼吸を合わせることはこれ以上ないくらい心地よくて嬉しい。

いつもは恐れ多くてあまり触れないユーリの髪をこれでもかと言うくらいに触ってやった。

多分ユーリの接吻魔はまだ治らないだろうけど、二人の間のことだし大目に見るか。

問題は多分今晩片付くだろうしな。

それでも長いこと、ユーリはぼくの唇を貪っていた。



END

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