ユヴォルで10のお題

□10・婚姻届
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10・婚姻届






「ここに署名しろ」

そう言ってヴォルフラムが胸ポケットから出したのは婚姻届だった。




あの婚姻届はおれのサインはされないまま、破られてしまった。

(あの時、もしサインをしたとしてもおそらく彼はおれの願いを聞いて破ってしまっただろう。)

あれから特にヴォルフラムがおれに婚姻届にサインをしろとせまってきたことはない。

あれは、命がかかっていた場面だからこそ言いだしたことだと言うのはよくわかる。

でもさ?

おれ実は、そういう強引なお前も嫌いじゃないんだ。

相変わらず、青い軍服の胸ポケットにサインのない婚姻届が入っているのをおれは知っている。







書類仕事に疲れて、伸びをする。

ギュンターは調べ物で席を外している。

コンラッドはなんだか昼から姿を見ない。

気付くと、執務室の中にはおれとヴォルフラムの二人だけだ。

席を立って、座って何か難しそうな本を読んでいるヴォルフラムに近付いた。

黙ったまま、軍服の胸ポケットに指を突っ込んだ。

「ユーリ!?」

「んん? いったい何枚持ってるんだよ、お前」

そこから取り出したのは婚姻届5,6枚。

「署名する気になったか?」

「いや」

「では、返せ」

「うん」

おれは素直に婚姻届の束をヴォルフラムに返す。

ヴォルフラムはそれらを綺麗に折りたたむと、また胸ポケットにしまった。

「なんなんだ、お前は、いったい」

「いやあ、今も相変わらず持ってるんだろうな、って。確認しただけ」

「……捨てろとは言わないんだな」

「言わないよ、そんなこと。どうして?」

「署名をすることをかたくなに拒むくらい嫌がっているのだから……ぼくがずっと持っている
ことも嫌がられているのかと」

彼らしくないと言うか、神妙なヴォルフラムは見ていてなんだかこっちが落ち着かない。

もっといつもみたいにわがままでいいのにな。

こっちまでつい、らしくなく甘いことを言いたくなってしまう。

「お前が思っているほど、おれ、嫌なわけじゃないよ」

「ではなぜ署名をしない?」

「さあて。おれ、そろそろ仕事再開しないと、ギュンターが泣いちゃうな」

おれはヴォルフラムに背中を向けて机に向かった。

「ユーリ!」

椅子に掛けて、書類を手に取る。

ヴォルフラムは本を机に置いて立ち上がってこっちに来ようとする。

「話を逸らすな! 返答をしろ!」

執務室のドアが開いて、ギュンターが入ってきた。

「ヴォルフラム! 陛下の邪魔をしないでください!」

「うるさいぞ、ギュンター! いま大事な話をしてたんだ!」

「どう見てもお仕事をなさっている陛下にあなたが怒鳴りつけているようにしか見えませんよ」

「ギュンター、その辺にしといて。別に邪魔されてないし」

「ユーリ」

「ヴォルフラム、その話はまだお前の胸にしまっておいてよ」

「え?」

「ね」







お前の胸ポケットに、おれへの想いがいつもしまってあるって言うのが気に入ってるんだ。

サインしちゃうと、それはなくなってしまうんだろう?

だから、婚姻届にサインはしないままなんだ。



END

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