ユヴォルで10のお題

□8・金色の翼
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8・金色の翼







勉強を教えに来てくれている村田におれは尋ねた。

「なあ、次向こうにいついけるかなあ?」

村田は眼鏡を上に押し上げると返した。

「渋谷? 何言ってるんだい、つい昨日こっちに帰ってきたばかりじゃないか」

「そうなんだけどさ」

「どうしてこんなにすぐ向こうが恋しくなってるんだい?」

「まあ、ちょっとね…」

「まだまだ。魔力が回復するの待たなきゃ」

「そっかあ…」

「うん」

「どうすれば魔力早く回復するかな?」

「…さあ、どうするんだろう? 渋谷、なんか感覚的に分かったりしないのかい?」

「……うーん?」

「諦めて時間が経つのを待ったら?」

おれは机の一番上の引き出しを開けて、ハンカチに包んだ『それ』を取り出した。

「昨夜、この引き出しを開ける用があって、たまたまこれを目にしちゃったんだよな」

「なんだい、それ?」

村田がおれの手を覗き込んで、おれはそのハンカチをそっと捲った。

金色の輝きが姿を現す。

村田はすぐ思い出して言う。

「ああ、君が初めて向こうへ行って帰ってきたときにつけてたブローチだね」

「ヴォルフラムがくれたんだ」

「そうなんだ? それで?」

ブローチを手の中で角度を変えて、きらめく翼を眺めた。

「これを見たら、なぜか突然無性にヴォルフに会いたくなってさ」

「へえ〜」

おれはひとりごとのように呟いた。

「何とかして向こうにいけないかな…」

「とりあえず僕はまだ無理としか言えないなあ」

「魔力の回復って、要するに体にいいことすればいいんじゃないかなー?」

「うーん、そうなのかなあ。とりあえずすること他にないんだし、体にいいこと
してみたら?」

「と、いったら、食う? 寝る? 遊ぶ…じゃなかった、運動する?」

「いい線いってるんじゃない? よくわからないけど」

「ゆーちゃん、健ちゃん!」

おふくろの声がして、部屋のドアが開いた。

「どうしたの、おふくろ?」

「ママでしょ、ゆーちゃん。あのね、しょーちゃんがいい加減カレーはやめてくれ
って言うんだけど…」

「うん…そうだな…」

「何か食べたいメニューない?」

おれはすかさず言った。

「肉!」

「あら、肉? そうねえ、冷しゃぶにでもしようかしら。健ちゃん、食べていくで
しょう? ゆっくりして行ってね」

おふくろはそう言うとあっさり部屋を出て行った。

「渋谷…」

「なんだよ、体の回復にはタンパク質だろ?」

おれはさらに部屋の外にまで響く大きな声で付け加えた。

「おふくろー! 明日の朝も弁当も夕食も肉な!」

(cf:ひぐちアサ著『おおきく振りかぶって』キャッチャーA様)

「タンパク質って、それ、怪我した場合だろ? 君はそうじゃないんだからちゃんと
バランスよく食べなよ」

「なんとなく肉食った方が回復する気がするんだよー」

「バランスよく食べないと背が伸びないよ。次向こうへ戻った時にフォンビーレフェルト
卿に背を追い抜かれているかもね?」

「うっ」

「彼も見る限りでは育ちざかりのようだものね」

「ヴォルフに抜かれるのはなんだか嫌だな…」

「ふうん。渋谷、どうしてフォンビーレフェルト卿に突然会いたくなったり、背を抜かれる
のが嫌だったりするのかわかってる?」

「え? 知るかよ、そんなの」

「それ考えて、答えが出るころには自然に向こうに戻れるようになるんじゃない?」

「え?」

おれは手元の金色の翼をなんとなく見つめた。

村田が言ったことの答えがわかったのはそれから一週間近く経った頃だった。

冷静に考えたらそんなもの、答えは一つしかない。







眞魔国に戻って、夜、案の定寝室にヴォルフラムがやってくると、そこに二人きりと
いうシチュエーションにおれは緊張してしまって、彼の顔をまともに見られなかった。

「ユーリ? どうかしたのか?」

「どっ、どうもしないけどっ」

「何もない態度じゃないぞ」

「あ……あのさ。お前が前くれたブローチ…お前はどうしてつけないって怒ってたけど…」

「ん? 金色の翼か」

「向こうで眺めると……お前のこと、思いだすんだ」

「…え」

「あの…使い方違うけど、大事にしてるよ」

「ユーリ。顔が赤いぞ、熱でもあるんじゃないか?」

「ないよっ! 人が言いにくい話をがんばってしてるのに!!」

ヴォルフラムの手が額に触れてきて、更に顔が赤くなってしまって、無理やり寝かせられた。

「鍛えてるんだから、風邪なんかひかないって」

「鬼の攪乱、という言葉もある」

おれはゆっくりため息をついた。

ヴォルフラムが布団をかけなおしてくれた。心地いい。

大切な名前を口にする。

「ヴォルフラム」

おれの名前が返ってくる。

「ユーリ?」

なんてシンプルで、なんて幸せなやり取りだろう。

「…なんでもないよ」

まだ今は、この幸せを味わっていたい。

『好き』の気持ちがあふれかえって、金色の翼も見ていられないほど会いたく
なったり、言葉のやり取りでは足りなくなったら、告白しよう。

きっとそれは、遠くない未来…。



END

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