ユヴォルで10のお題

□7・休日
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7・休日








「眞魔国には日曜日みたいなものはないのか?」

書類にサインをしながら、おれはコンラッドに尋ねた。

「え?ああ、ありますよ、城下の一部にはね。定期的に休日にして
いる者たちもいます。兵たちにも非番はありますし」

おれはコンラッドの返事に書類から顔をあげた。

「兵以外の城のみんなは休みなしにずっと働いてるってことか?!」

ギュンターが、陛下手を休めないでください、と言った。

「いいえ。それにたいていのものが時々長期休暇をいただいて田舎へ帰っ
たり旅行をしたりしていますよ」

「あ、そうか…。でもギュンターもコンラッドも休みなさそうだな…」

コンラッドは曖昧に微笑んだ。

「陛下も欲しいですか?休日」

「おれは休みだらけだろ?しょっちゅう向こうに帰ってるんだから…」

「こっちでの休日もあってもいいじゃないですか。書類に追われず、冒険に
急き立てられない、のんびりした日がほしいんじゃないですか?」

「お忍びで城下に遊びに…とかいうやつ?!」

「それは陛下のご自由に…まあ、その場合おひとりでは行かせられませんが」







昼食の席でそれを話したら、ヴォルフラムは予想外に意外そうな顔をした。

「城下へ行って何をするんだ?」

おれはヤギの乳を飲みつつ答えた。

「うーん、視察?」

「お忍びじゃなく堂々と行けばいいじゃないか」

おれは肉を切り分けるヴォルフラムの洗練された手つきに目をやりながら答えた。

「そうすると本来の街の姿が見られないじゃないか」

「そんなこと言って、ユーリはただ恭しい態度を取られるのが嫌なだけだろう?
まったくいつまでたっても王らしくないへなちょこなんだから」

「へなちょこ言うなー。とにかく。ヴォルフラム、明日ね」

ヴォルフラムはきょとんとして訊く。

「何がだ?」

「お忍び城下視察休暇。朝から行くから、お前ちゃんと起きろよ」

「ぼくも行くのか??」

「ボディガードも兼ねて話し相手。お忍びだからな、二人きりで行くぞ」

ヴォルフラムは表情を押し隠した様子で答えた。

「了解しました、陛下」

敬語はやめろって。







翌日は少し肌寒いけど、よく晴れた。

おれは髪を染めてコンタクトレンズを入れて、ヴォルフラムを連れて城下へ出た。

朝の城下は市なんか立っていて、珍しいものだらけだった。

一般市民の生活に深く馴染みがないヴォルフラムにとってもそれは同じだったらしい。

しかし、これは何に使うの?とかいちいち街の人に無邪気に訊こうものなら、何者
かと怪しまれてしまうそうであまり訊けなかった。

おれの疑問も半分くらいならヴォルフラムが答えてくれた。

「これは何?なにに使うんだ?ヴォルフラム」

「これは牛の角の粉だな。牛は肉は食用だが角は粉にして薬にする。腹痛に効く。
安価な薬だと聞く」

「そうだよな、一頭に5つ取れるんじゃな」

角粉を売っていた妙齢の婦人が声をかけてきた。

「あんたがた、その喋り方はいいところの…ご貴族のご子息だねえ。社会勉強かい?
いやあ、感心だね」

おれは慌てて首を横に振った。

「いえっ、そんな。おれは一般庶民ですよ…いてっ」

…ヴォルフラムにどつかれた。

ヴォルフラムはひそひそとおれに言った。

「そんな上流階級の言葉を話しておいていまさら何を言う」

「えっ、そ、そうだったの?!」

そう言えばおれのこの言葉はスザナ・ジュリアの魂の蓄積言語だということらしい
けど、彼女はウィンコット家の貴族だった。

世界人類(魔類?)平等に、とか思っていたのに、いまさらそんな事実が発覚して
おれはショックを受ける。

角粉売りご婦人はニコニコと人のよさそうな顔をしておれたちに何かを差し出してきた。

「売り物で申し訳ないけど、おやつにいかが?牛の肉の饅頭だよ。お口に合うといいが
ねえ」

おれはヴォルフラムの顔を見た。

ヴォルフラムは彼女の顔を見て、その饅頭に手をのばした。

「ありがたくいただこう」

一つだけもらって、そこを後にした。

ヴォルフラムはその饅頭を半分に分けると、真ん中から一口かじってゆっくり噛んで
飲み込んだ後、半分をおれに渡した。

「ありがとう…毒見までさせるつもりで連れてきたんじゃないんだけどな」

「ふん…別にユーリのためにしたんじゃない。もし倒れられでもしたら一緒にいるぼく
の責任になるからな」

おれはこういうのが、よく勝利がやってるギャルゲーに出てくる『ツンデレ』という
やつなんだなと思ってちょっと笑った。






他にいろいろ見てるうちになんだかはしゃいできてしまい止められなくなったおれは、
ヴォルフラムの勧めもあって早めに昼食にすることにした。

ちょっと小奇麗ではあるが大衆食堂と言ったところに入る。

ヴォルフラムが嫌がるかと思ったが、意外とそうでもなかった。

そう言ったら、戦場でもっとひどいところを経験している、と言われた。

正直に言えば戦場とは比べられたくはなかったかも…。

食事をとりながら、これからどうしようか考えた。

ヴォルフラムに言うと、彼は案を出してくれた。

「城下の街が飽きたなら、馬を借りてどこかへ出たらどうだ?」

「そうか。じゃあ、温泉でも行く?」

「またか?!」

「だって今日ちょっと寒いし…」

「だったらなおさら、湯冷めするぞ。他にやること思いつかないのか?」

「うーん、野球?」

「血盟城へ帰ってコンラートとしてろ。ぼくはよくわからない」

「ああ、そうだ、ボールパークがどれほどできたのか観に行きたいな」

「ぼーるぱーく?」

「まあ、簡単に言えば野球場だよ」

食後に馬を借りて以前コンラッドとロードワークの時立ち寄った場所へたどり着いた。

ヴォルフラムが湖底の宝石のような目を見開いて息をのんだ。

場内で作業をしている兵たちがいる。

「ああ、もう完成に近いな」

ヴォルフラムはボールパーク全体を見渡しながら呟くように言った。

「こんなものを作っていたなんて知らなかった」

「うん、みんなががんばって作ってくれてるんだ」

おれは方向を変えた。

「さて」

「ユーリ、みんなに顔を出していかないのか」

「今日はお忍びだからな」

二人で来た道を戻っていく。

ヴォルフラムが訊いてきた。

「これからどうするんだ?」

おれは笑顔で答える。

「温泉は却下されたし、血盟城へ帰って風呂にでも浸かるよ」

「…ユーリは本当に風呂が好きだな」

「あははは、こっちに来るようになって風呂が好きになったんだけど」

「なぜだ?」

「おれ水の中を通って世界を行き来するだろ?向こうへ帰ると、早くこっちへ帰って
きたくて風呂ばっかり入ってて、そのうちに風呂好きになっちゃったんだよな」

「向こうにはユーリのご家族がいらっしゃるのだろう?どうしてそんなにこっちに
戻ってきたいんだ?」

おれは少々言葉に詰まった。

「バカだな、そんなの…」

「そんなの、なんだ?」

「ヴォルフがこっちにいるからに決まってるだろっ」

おれは一気にそう言うと、ヴォルフラムから目を逸らした。

ヴォルフラムもそれ以上何も言わなくて、馬を借りたところまで沈黙のまま戻った。







血盟城へ帰ると、3時のお茶の時間だった。

お茶を出してもらって、みんなでお茶にしながらヴォルフラムも一緒に、今日のこと
などを話した。

「バラの砂糖漬けなんかは見かけなかったのですか、陛下」

「あ、見た見た」

「ヤドカリの貝殻は?」

「それは見なかったけど、ヤドカリの貝?何に使うの?」

「砕いて食べるんです」

「砕くの大変じゃないか?」

「ヤドカリクラッカーと言う道具があるんです」

「想像がつかないな。どういう形をしてるんだ?」

話が弾んでお茶が終わった。

「陛下は今日はお休みですからこの後もお好きにお過ごしくださいね」

「うん、ありがとう」







ヴォルフラムがおれについて歩いてきた。

「ヴォルフ、暇なのか?」

「暇なものか。今日のぼくの仕事はお前のボディガードと話相手だぞ」

「あ、そっか…大変だな、ヴォルフ、休みないんだな」

「別に、休日など…ぼくはこっちの方がいい」

「でもせっかくだから休日の気分になってよ、ヴォルフも。ヴォルフは何がしたい?
ヴォルフがしたいことしよう?」

ヴォルフラムは少し困った様子で言った。

「え?しかし、そう言われても」

おれは問いただす。

「言われても?」

「したいことらしきことはもうしてしまったしな…」

「…どんなこと?」

ヴォルフラムは少し顔を赤らめて目を伏せた。

「……ユーリとデート、とか」

おれはヴォルフラムのその様子があまりにも可愛くて、片腕でヴォルフラムの首をしっかり
捕まえるともう片方の手で金色も髪をくしゃくしゃとかき回した。

「あー、おれ、もう一つ休日にしたいこと思いついた」

「なんだ?」

「ヴォルフにキスしたい!」

「それは休日じゃなくてもいつもしてるだろう?!」

…もう少しでおれの眞魔国での初めての休日が終わる。





*        *         *



END

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