ユヴォルで10のお題

□1・温泉
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温泉











「いいいいけません陛下っ! 婚前旅行などっ!! もってのほかです!」

ギュンターは泡でも吹きそうな勢いでおれに迫って言った。

いや泡を吹くんじゃなく、汁を…以下略。

婚前旅行って…人聞きの悪い。

眞魔国にも温泉があるって聞いたから、お忍びで行きたいって言っただけじゃないか。

ヴォルフラムを連れて、って言ったのは余計だったかもしれないけど。

ぞろぞろ連れてちゃのんびり羽伸ばせないしさ。

ヴォルフラムなら剣の腕はしっかりしてるし、よく風呂にも一緒に入ってるから今更
じゃないか?

思ったことがつい口に出ていたようで、コンラッドが微笑んで話しかけてきた。

「では、弟の代わりに俺がご一緒しましょうか? ボディガードが一人欲しいのなら
ば俺でもいいのでしょう? 陛下」

「え、いやその」

「陛下がそんなに弟と一緒に風呂をご一緒になっているとは知りませんでした」

怖い笑みとはこういうのを言うんだろう。

「でもさ? コンラッドと一緒に温泉に行くなんて、さあ…」



*          *            *



「ユーリ!! コンラートと二人で温泉に行くと言うのは本当か?! このっ、浮気
者ー!!!」

「浮気してないっ! 落ち着いて、落ち着いて、ヴォルフラム!」

ヴォルフラムのパンチを顔の横で手で受け止めながら、俺は思わず顔がゆるんだ。

「ほらな、コンラッド。ヴォルフはおれとコンラッドで行くって聞くと怒るだろ? 
頼むからヴォルフと行かせてくれよ」

ちょうどそこに、腰に響く低音の声が不機嫌そうに聞こえた。

「つべこべ言い合ってないで、三人で行ってきたらどうだ。温泉地でのんびり痴話げ
んかでもしてこい」

「グウェンダル」

「そんなあ…」

「おや? 保護者付では何か不都合があるとでも? ご結婚前の魔王陛下?」

眉間のしわをさらに深くしてグウェンダルに睨まれ、おれは反論できずに首を振った。

ヴォルフラムはよく話が分からないと首をかしげていたが、結局一緒に行くと言う話
だと分かると笑顔を見せた。

ああ、花のような笑顔。

思わずへらっと笑うと、コンラッドが咳ばらいをした。

目が『人前でそんなしまりのない顔をしない』と言っている。はいはい。



*          *          *



せっかくなので馬車に乗って行くことにして、おれとヴォルフラムは馬車の中、コンラ
ッドは馬に乗って、馬車を操るのに結局ヨザックもついてきて4人の道中になった。

「結局、大勢の旅行になっちゃったなあ…」

「たったの4人じゃないか。少ない方だ」

「おれは二人きりで来たかったんだよ」

「コンラートとか?!」

「なんでそうなるんだよ、違うよ! お前とだよ…」

「え……そ、そうか…」

ヴォルフラムはうつむいたが、顔を真っ赤にさせているのは見えている耳まで赤いこと
でわかった。

「そんなの、当たり前だ。ぼくとユーリは婚約しているのだからな…!」

「あ、じゃあやっぱり他のみんなが反対してたのは考え方が古いからなのかな」

「え?」

「婚前旅行なんてとんでもない! なんて言われちゃったんだよなあ、あはははは…」

「こここ婚前旅行だって…っ?!!」

今度は真っ赤なヴォルフラムの顔がおれをまっすぐ見た。

「日本じゃ別にあたりまえなんだけど…ここじゃそうでもないのか?」

あたりまえというか、16歳には10年早いかもしれないけどね。

「婚前旅行なんて、ふふ不埒な…!」

「さっきおれと旅行するのあたりまえだって言ったじゃないか…」

「婚前旅行に値するなんて思ってなかったんだ」

「…嫌だった?」

「ユーリ?」

「おれと旅行、嫌だった?」

「嫌ではないに決まってるだろう」

そう言うとヴォルフはふいと窓の外に目を向けてしまった。



*          *          *



白く濁った湯に身を沈めて息をついた。

「はあー…」

「坊ちゃん、湯加減いかがですかぁ? お背中流しましょうかぁ?」

「湯加減はサイコー。背中は、もう自分で洗ったから流さなくていい」

湯加減がいまいちでもこの大浴場で調節できるとは思えないが。

ヴォルフラムはおれの近くで湯に浸かってはいるが、こちらを見ようとはせず、表情も
あまり活気がなかった。

らしくなく、うつむいてしまっている。

こいつは最近一緒に風呂に入るといつもこんな様子だ。

ちょっと離れたところで湯に浸かっているコンラッドがおれに言った。

「お邪魔してしまってすみませんね。城の中でなら、まあともかく、外で二人きりで結
婚前の者が風呂に一緒に入るというのは醜聞になりかねないので」

眞魔国のその辺の感覚は清らかなのか。

ふと、ヴォルフラムが口を開いて、柔らかいアルトが浴場に響いた。

「いちいち真に受けるな、ユーリ。男二人が一緒に温泉に浸かって醜聞になるのでは、
友人同士の旅行すらできないではないか」

「ああ…。まあ絡んでくるコンラッドの気持ちもわからなくもないけどね」

「なんですか、陛下。俺の気持ちって?」

「陛下って言うな、名付け親。あんたやグウェンダルは弟が可愛くて仕方ないんだろ? 
弟の婚約者のおれの存在が面白くないんだよな」

コンラッドはわずかに微笑んで天を仰いでため息をつき、代わりにヨザックが声をかけ
てきた。

「隊長にとって閣下はもちろん大切な弟君ですが、陛下も大切な名付け子ですよぉん」

うん、それはよくわかってるんだ。

「だから、お二人には余計な醜聞なんて付きまとってほしくないんでしょう。守ってあ
げたいーなんて、隊長ったら一途と言うかぁこの場合お相手がお二人だから言わないの
かぁ、グリ江よくわっかんなぁい」

やっぱり対象が二人の場合は一途とは言わないんじゃないかな。

コンラッドは洗髪したばかりで濡れた頭を軽くかくと、湯から上がった。

「俺は先に出るよ。ヨザ、あとの護衛はよろしく」

「おまかせあれー」

「コンラッド??」

気を悪くしたのかと思って、おれはコンラッドの名を呼んだが、コンラッドはニッコリ
と微笑んだだけで浴場を出て行ってしまった。

「隊長も、照れ屋さんなんだからぁ」

「て、照れてるのか、あれ?」

「陛下に図星刺されて照れてるんでしょうねぇ」

弟が可愛いって話のことかな?

どこからどう見てもバレバレのような気がするけど。



*          *          *



おれは温泉から上がって、コンラッドを探した。

コンラッドはロビーのバルコニーから暗くなった空を見上げていた。

「陛下」

「陛下って言うなよ」

「そうでした、ユーリ。どうしたんです?」

「あ、あの、ごめん。おれ、言い過ぎたかなって。ヴォルフと二人で来たかったのを
邪魔された気がしちゃってさ」

「まあ、邪魔したんですけどね…」

コンラッドの言った言葉は小さい声だったのでよく聞こえなかった。

「え? なんだって?」

「いえ、なんでも。そんなにヴォルフラムと二人がよかったんですか?」

「う、うん…。せっかくだし…」

「好きですか? ヴォルフラムが」

おれはコンラッドの顔を見たが、後ろに月があって逆光になって表情はわからなかった。

何か悪いかよ?

「う、ん…。す、すす、好きだけど…っ」

みっともなくどもるな、おれのバカ。

「それ、ヴォルフラムに言ってやりました?」

「え、いや、まだだけど…」

月が陰って、コンラッドの表情が見えた。

穏やかな微笑みをおれに向けていた。

「まだ、ってことは言うおつもりがあるんですね。よかった。どうか早目に言ってやって
ください。あの子はとても一途で見ていて痛々しい」

おれは何て言って返したいいのかわからなくて、黙ってそこを立ち去った。



*          *          *



ロビーを出たおれは、また浴場へ来た。

綺麗な星空が広がる露天風呂だ。

気分転換にうってつけだろう。

が、しかし。

「どうした、ユーリ」

「ヴォヴォヴォ、ヴォルフラム?!」

ヴォルフラムが湯に浸かったままこちらを振り向いていた。

「何を驚いている。入りなおしか。お前は本当に風呂が好きだな」

「あはは、まあ…」

確かに地球に帰ってもスタツアできないかと銭湯に通いつめ、こっちに来てもヴォルフラ
ムを誘っては風呂に入ってるから、風呂好きと言えなくもない。

動機は別のところにあるとしても。

「ヴォルフ、ずっとここにいたのか。ヨザックは?」

「お前が出て行ったときに追いかけて出て行った。護衛だからな。今もどこかそのあたり
に隠れてるんじゃないのか」

うーん、プライバシーはないのか。

「そっか」

おれは湯に浸かって顔をあげた。

視界に涼やかな光に照らされた柔らかな蜂蜜色が入った。

そうか、満月だから明るいんだ。

ヴォルフラムの姿が月に彩られて目の前にあり、おれはたじろいだ。

肌なんか真珠色に光をはじいちゃってるし。

髪も触ってくれと言わんばかりに柔らかそうな色を見せている。

いつもヴォルフとは一緒に風呂に入っているのに、今日はどうしたんだろう、おれ。

…いや、それよりも、大きな問題があるよな。

こいつの元気のなさだ。

「あ、あああ、あのさっ」

……やっぱり、風呂を出てから話そう。うん。



*          *          *



散々邪魔されたくせに、部屋はヴォルフと二人きりの相部屋だった!!

これって喜んでいいのかな?

早々に寝ようとしたヴォルフラムにおれは話しかけた。

「なあ、ヴォルフ。お前どうして一緒に風呂入る時元気ないんだよ? 何か気にしてるの
か?」

「元気ない? ぼくがか?」

「うん」

「それはすまなかった。今後は気を付ける」

「気を付けなくていいよ。どうしてか訊いてるんだ」

「どうしてかだって? そんなこと言えるか!」

顔を赤くしてうつむいたヴォルフラムを見て、なんとなく理由がうかがい知れた。

「ヴォルフラム」

「ぼくはもう寝るぞっ」

布団にもぐりこんだヴォルフラムにおれはできるだけ優しい声で話しかけた。

肩のあたりをポンポンと叩きながら。

「ねえねえ、もしかしておれはヴォルフの裸とか見ても全然平気で、おれにとってヴォルフ
は友達みたいなものだと思っているとか、考えてる?」

ヴォルフラムは起き上がって意外そうな顔で俺を見返してきた。

「違うのか」

「違うよ。いつも風呂では身体見ないように気を付けてるんだから。ヴォルフは華奢だから
なあ…」

「なんだとっ」

「あ、ごめん、ごめん」

「ユーリに言われたくはないぞっ」

「とにかく、ヴォルフは友達なんかじゃない」

「では、なんだ?」

なんだか心配そうな表情で訊ねたヴォルフラムに、おれは自信たっぷりに返した。

「決まってるだろ。婚約者だよ」

至近距離にいたためか、ヴォルフラムが息をのんだのがわかった。

ごめん、ヴォルフ。

まだおれ、お前に好きだっていう度胸がないんだ。

何とか好きな気持ち他に伝える方法ないかなあ。

おれは何も考えずに動いた。

しちゃってから、全身が心臓になったみたいにドキドキした。

おれの唇はちゃんとヴォルフの唇に重なってるか、確かめるために少しだけ離れて目を開いた。

「ユーリ…」

名前を囁かれた。

金色の睫毛が震えているのが見えた。

それがたまらなくて、おれはヴォルフラムにそっと両腕を回した。

ずっとそうしていたかったけど、そのうちヴォルフラムが眠そうな顔になってきたのでおれは
苦笑して全身の力を振り絞るようにしてようやくヴォルフラムを抱いている腕をほどいた。

しばらくドキドキしながら寝顔を見ていた。

温泉上がりのヴォルフラムはいつもよりいい匂いがした。



END

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