短編

□幸せになろう
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「今日はあんがとよ、テツ」
「おじゃましました。ほんと、ありがとね、黒子くん」
「また来てください」

ニコリと微笑み、軽く会釈する黒子くんに手を振り、私と大輝は黒子家のある小高い丘の上のマンションを出た。




「ほんとに可愛かったね」
「割りとテツに似てたよな」
「目元かなぁ」

夕陽を浴びつつ坂道を歩きながらデジカメをいじり、今日撮ったものを確認する。
写っているのは黒子家の第1子。生まれてから2か月の男の子だ。
今日はお祝いのために恋人の大輝とお宅訪問をしていて、私はベビー服、大輝はバスケットボールをプレゼントした。

「んー、可愛いなぁ」

赤ちゃんは本当に不思議だ。見ているだけで幸せな気分になれる。画像だけでも頬が緩む。

「なぁ、琥珀」
「なぁに?」

大輝がぽりぽりと頬を掻きながら『お前さぁ…』と口を開いた。

「お前、子ども欲しいのか?」
「え…?」

あまりにも突拍子もないことを言い出すから私はデジカメを落としかけた。あぁ、危なかった。
そして一気に顔に熱が集まってくる。

「な、なんでそんな話になるのよ!」
「だって、赤ん坊見てるときもずっと『可愛い可愛い』言ってたし、今だってデジカメ見ながらニヤニヤしてたじゃねーか」
「それはそうだけど!」

そうなんだけど、赤ちゃん可愛くてニヤニヤ、キャーキャーしてたけれど…、そりゃ自分の子どもはいつか欲しいけれど、今すぐとかではなくて…。

あたふたしている私が面白かったのか、大輝が吹き出しそうになるのを口に手を当てて堪えていた。でも、かなり肩が揺れてますよー。

「もー!何なのよ!」
「いや、だって、お前、おもしれー顔、アハハハ」
「し、失礼なー!」

大輝の大きな背中をポカポカと叩く。すると大輝は私の右手首を掴み、たまにしか見せない真剣な目で私を見つめた。

「なぁ、琥珀」
「な、なに?」
「結婚すっか」
「…へ?」

またまた何を言い出すんだ、このガングロは。結婚?話が急すぎて頭がついていかない…。

「け、結婚??」
「そ。結婚」

頭のなかで回る『結婚』という2文字。大輝といつかは、って思っていたけれど、縛られることを好まない彼にこの話題を振ったことはないし、彼からも将来のことについて聞いたことはこれまで皆無であった。

一瞬、私をからかうために言ったのかと思ったが、あの眼差しは本気のときだ。口では何も言わないけれど、彼なりに考えてくれていたんだ。そう思うと、嬉しさが溢れてくると同時に目頭が熱くなってきて、視界が滲み始めた。

ぐすぐすと鼻をすする私の頭を大輝は大きな手でポンポンと撫で、少し困ったように『泣くなよ』と一言。正直この状況で泣かないなんて無理です。

「で…」
「?」
「返事だよ」

じっと待っていられないのが何とも彼らしい。
私は鞄からハンカチを取り出し、涙で濡れた目元を拭いてから大輝を見上げた。

思いっきり驚いたけれど、心は決まった。

「大輝、これからもよろしくお願いします」

笑ってそう言うと彼はぎゅっと私を抱き締め、『あぁ。絶対お前のこと幸せにしてやる』と私の耳元で囁いた。

愛しい人とずっと一緒にいられるのだと思うと、嬉しくて、大輝の腕の中でまた泣いてしまった。

これから先、たとえ何年、いや何十年経ったとしても、坂の上から見下ろした橙色に染まりゆくこの町並みを一生忘れはしない。そう、思った。

「大輝」
「ん?」
「幸せになろうね」
「あぁ、当たり前だろ」

‐END‐
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