NO MUSIC NO LIFE

□花火
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「花火見に行くか」
「え…?」

お隣さんで幼馴染みの笠松幸男が私に言った。







大阪の大学に進学し、一人暮らしを始めてから2度目の夏。お盆に合わせて、私は荷物をキャリーバッグに詰め、ゴロゴロと引きずりながら大阪から新幹線に乗った。実家に帰るのは正月以来だ。


「あー、暑い…」

新幹線を降り、電車に乗りかえ、最寄り駅へ。ここからは10分ほど歩く。左手首につけている腕時計の針は夕方6時を指しているが、まだ回りは明るい。夏らしく日が長い。
額から浮き出てくる汗をハンドタオルで拭いながら、久々の帰路を少し急いだ。早く涼しい室内に入りたい。


「ただいまー」

あらかじめ実家には夕方に着くと連絡していたので、持っていた鍵でドアを開け、少し声を張って一声。一人暮らしだからこの言葉を口にするのも久しぶりな気がする。

「おかえりなさいー。暑かったでしょう」

「もー、汗が出てくる出てくる」

母に出迎えられ、私は我が家に足を踏み入れた。リビングのドアを開けるとひんやりとした空気に包まれる。

「夕御飯まだでしょう?今日素麺だけど食べる?」
「食べるー」

リビングのフローリングの上でごろんと寝転ぶ。冷たくて気持ちがいい。

「あー、冷たいー」

そうやって、フローリングを堪能しているとインターフォンの呼び出し音がなった。『千晶ー、お願いー』と母の声がする。キッチンを見ると丁度素麺が茹で上がって、お湯から上げているところであった。手が離せないようだ。

心地よい冷たさに少し名残惜しさを感じつつ、私はインターフォンに出た。

「はい」
『あ、笠松ですけど、田舎からスイカ来たんでお裾分けに…』
「あ、いま出ますー」

来訪者はお隣の笠松さんちの幸男くんだ。毎年、田舎からスイカが送られてくるらしく、我が家にお裾分けに来てくれる。


玄関のドアを開けると生温い夜風が吹いていた。郵便受けの前で大きなスイカを抱えて待っていた幸男くんは私と目が合うと少し驚いた顔を見せた。

「おまたせー」
「あれ、千晶?帰ってたのか?」
「ついさっきね。っていうかチャイム出たの私よ。誰だと思ってたの?」
「え、てっきりおばさんかと…」
「もー!!」
「声が似てるんだよ!」

笠松さんちとは家が隣同士であるため幼いころから家族ぐるみの付き合いだ。私と幸男くんは姉弟のように育った。

「最近どう?バスケ頑張ってるの?」

幸男くんからスイカを受け取りながら聞いてみた。うん、見た目通り重たいな、スイカ。
彼は今、バスケの強豪校海常高校でバスケ部主将を任されている。

「あぁ、まぁ、な…」

彼の言葉が詰まり、さっきとは打って変わって表情が曇った。まずいことを聞いてしまった気がする。

「そっか、応援してる。スイカ、ありがとね。それじゃ」
「おう」

これ以上、この話題について突っ込んではいけない気がした。
私はスイカのお礼を言って、ひらひら手を振りながら家に戻った。


「おかーさーん。笠松さんちからスイカもらったー」
「あら、今年も大きいわねぇ」

母にスイカを手渡し、私はテーブルについた。涼しげなガラスの器に素麺が盛り付けられている。私は手を合わせて『いただきます』とつぶやき、一口すすった。
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