短編

□この感情の答えは…
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私は更衣室のロッカーから真っ白なワンピースを取りだし、袖を通した。

「よし、今日も乗りきるぞ!」

鏡の中の自分に向かってそう言った。

さぁ、お仕事の時間です。え、真っ白のワンピース着て、何のお仕事かって?



看護師です。



「山本さーん。おはようございます。今日の担当の結城です。お熱と血圧はかります」

受け持ち患者さんをひとりひとり回り、血圧などを測っていく。

看護学校を卒業し、整形外科病棟に入職して早2年。なんとかかんとかやっていけている。

「さ、次は…」

次に伺う患者さんは男子高校生。バスケで膝を故障して手術までしている。高校生にしては落ち着いていて、好青年で他の患者さんからも病棟スタッフから人気は高い。

「木吉さーん。おはようございまーす」

大部屋の仕切りのカーテンを開けると、そこには誰もいなかった。ベッドの上にはバスケ雑誌が散乱している。


「あー、木吉クンなら売店に行ったよ」

同室の男性患者が私に声をかけた。

「売店かぁ、すぐ戻ってくるかなぁ」
「まぁ、黒飴と大福買いに行っただけだからもう帰ってくると思うよ」

男性患者はテーブルに散らばっている花札をまとめながら言った。

…黒飴に大福って渋いなぁ。高校生なのに。
…黒飴、大福、…花札、あっ!

「もしかして花札で賭けてました?」
「あ、分かった?いやぁ、木吉クン負けちゃったんだよー」
「全く、高校生相手に…」

どうやら私がこの部屋に来る前に2人で花札勝負をしていたらしい。


「買ってきましたよー」


振り向くと松葉杖をついた青年が売店の袋をぶら下げて立っていた。


「おかえりなさい、木吉さん。帰ってきて早々申し訳ないけれど、お熱と血圧いいですか?」
「あ、今日の担当は結城さんなんですね」

彼は持っていた袋を花札の勝者に手渡し、自分のベッドに腰掛けた。

「じゃあ、血圧測ります」

彼の右腕に血圧計を巻きながら、私はさっき聞いた花札の話を切り出した。

「花札勝負してたらしいですね」
「いやぁ、師匠越えならずってところです」
「師匠?」
「俺に花札教えてくれた人なんで」
「なるほど」
血圧を測り終え、腕から血圧計を外す。

「膝はどうです?痛みます?」
「今のところ大丈夫ですよ」

彼はそう言って膝を曲げ伸ばしした。表情はいつも通り穏やかで、どうやら痛みはないようだ。

「今日は朝から花札で負けたからついてないと思ってたけど、そうじゃなかったみたいです」

さっき測った血圧を紙に控えていた私は『?』を浮かべながら首をかしげた。すると彼は私の目をじっと見つめた。

「今日は結城さんが担当だから」

持っていたペンを床に落とし、私はハッとした。

「あはは、そう言ってもらえると嬉しいです」

明らかに上昇していく我が心拍数。それを悟られないよう誤魔化しながらペンを拾い上げる。

「結城さん、俺、貴女のことが…」

なんとなくこれ以上聞いてしまってはいけない気がした。頭の中でアラーム音が鳴り響く。

「それじゃ、失礼しましたっ!」

彼の言葉を最後まで聞かずに私はカーテンの外へ。早足で部屋を脱出し、ナースステーションへ逃げ込んだ。

「なんなのよ、一体…」

へなへなとへたりこむ。心拍数は上昇したままだ。


今のは何?告白一歩手前みたいな。まさか、そんなこと。向こうは高校生だし。
…でも流れ的にはやっぱり告白みたいな感じだよね。


深呼吸をして、目を閉じる。さっきの彼の眼差しが焼き付いて離れない。


「やばい。私、ドキドキしてる。高校生相手に」


さて、彼は私の今日の受け持ち患者さんだ。今日の勤務が終わるまで顔を合わさないわけにはいかない。次、どんな顔をして彼に会えばいいのだろうか。

そもそも、彼の言動に何故ここまで心が乱されているんだろうか。もしかしたら、からかわれているだけかもしれないのに。


「あー、分かんない」


私は真っ白な天井を見上げた。頭の中では、これからどうしたらいいのかも、この感情は何なのかも、答えは出なかった。まるで今見上げている天井のようだった。


…仕事戻らなきゃ。あー、今日1日無事に終わるかなぁ。

私は大きくため息をついた。



日勤業務終了まで残り5時間



―END―
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