短編
□ミルクティー:Side A
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なんで上手くいかないんだろう。
私は一人、暖かい光が注がれる屋上で空を見上げる。学校には来たものの、2時間目の途中で『気分が悪い』と言って、授業を抜けてきた。今は2時間目が終わり、3時間目が始まるまでの休み時間である。
しんどいなぁ…
ごろん、と寝転んで目を閉じてみる。頭の中で昨日見た光景がぐるぐる回る。
私には好きな人がいる。相手は同学年のサッカー部員だ。1年の時に同じクラス、同じ委員会で仲良くなった人だ。部活に対して一生懸命で、笑ったときの顔が大好きだった。
しかし、その片思い生活ももう終わらせなければならない。
昨日の夕方のことだ。駅前で彼が女の子と手をつないで歩いているのを見かけたのだ。
一緒にいた女の子は他校生のようで、色が白くて、髪の長い、綺麗な笑顔の人であった。
お似合いだなぁ…
自然とそんな風に思えた。正直、勝てないとも思った。
今まで彼に見てもらいたくて髪型を可愛くしてみたり、クラスが変わってしまっても廊下で会ったときは話しかけてみたり、頑張っていたけれど、そんな努力、敵わないと思った。それほど、彼女は綺麗で、彼とお似合いだったのだ。
目を開けると、先ほどまで晴れていた空はどんよりと曇りだしていた。まるで私の心みたいだった。
本当に、上手くいかないなぁ…
ふぅ、と私が溜め息をついたとき、ガシャ、と屋上の扉が開いた。もうじきに2時間目が始まるのだが…。
耳を澄ませると足音がこちらに向かって迫ってくる。
「琥珀」
聞きなれた声が私の名を呼んだ。
―幼馴染みの伊月俊だ。
「次の数学、自習になったって」
私が返事をしなかったからか、ほんの少し沈黙が流れた。そうしているうちに2時間目の始業のチャイムが鳴り、足音は遠ざかっていった。
そしてガシャン、と扉が閉まった。
私は起き上がり、彼がさっきまでいたであろう方向を見た。
そこには青い紙パックの飲み物が1本。ミルクティーだ。ご丁寧にストローがついている。
最近、私がこればっかり飲んでいるのを彼は知っていたのだろう。
紙パックに手をのばすと、付箋が貼ってあるのに気がついた。
『琥珀が頑張ってるの俺はちゃんと知ってるよ』
涙が溢れてきた。
小学生のとき、学芸会の劇で毎日練習して覚えた台詞をド忘れして凹んだ私の隣に黙っていてくれたのは彼だった。
中学生のとき、初めて彼氏ができたのに2ヶ月で浮気されて、振られて、悲しくてご飯が喉を通らなかった私に『家で作ったら余ったんだ』と言って、私の好物を持ってきてくれたのも彼だった。
私が嬉しいとき、悲しいとき、いつもそばにいたのは彼だった。
―全部、俊だった。
視界は滲んだまま、紙パックを開け、ストローをさし、一口流し込んだ。
ミルクティーの味は、彼みたいな優しい味で、そんなことを考えているとぽろぽろと色んな感情が瞼からこぼれ落ちてくる。
私はそれを制服の袖で拭い、空を見上げた。
雲間からは光がすーっと射していた。
もう、大丈夫。
視界はクリアになり、私は歩き出した。
俊に会いに戻ろう。売店でスポーツドリンク買って、付箋に『いつもありがとう』って書いて、渡そう。
そんなことを考えながら、私は扉を開けた。