海賊短編

□紫陽花
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その日私は朝からイゾウ隊長に頼まれ武器庫で弾薬の在庫チェックを行っていた。
場所が場所のためリンは別の場所にいるし、その日は珍しく誰も武器庫へ訪れることはなく、ただひとりもくもくと作業を続けていた。
そろそろお腹もすいてきたころで作業も終わり、食堂に向かおうとしていた時、廊下でずぶぬれの船員たちとすれ違った。
話を聞くと、常に雨が降る島の海域に入ったらしく、甲板から荷物を船内へ移動させる作業を行っていたらしい。
そういえばそんなことを誰かが言っていたかもしれないとぼんやり思い出す。

「これじゃ洗濯もできないか…」

特にリンは自分に与えられた唯一の仕事でもあるため、誰よりも張り切っているし、何より陽気な空の下でリンと甲板を見下ろしながら洗濯ものが乾くのを待つその時間は心地よく、それがしばらく味わえないのは残念であった。
そんな思いを込めた私のつぶやきに船員たちがはっとすると途端に顔を青ざめさせた。

曰く、以前も天候が悪く洗濯がなかなか追い付かないという日が続くことがあったらしい。
頭を悩ませる彼らに救いの手を差し伸べたのがエースだった。
彼の能力で洗濯物はあっというまに乾き、問題解決、となったかのように思えたが…

「ほら服なんてみんな素材とかもばらばらだしよ、エース隊長だってほら、その、なんというか、そのおおざっぱというか…」

「(なんとなく察した顔)」

結論から言うと全体の3分の1が炭となったらしい。
私は彼らと絶対にエースを洗濯物に近づけないよう約束をし、彼らと別れた。

船員たちと別れ(風邪をひく前に着替えるように念を押して)再び食堂へと足を進めているとちょうど資料庫から出てきたマルコ隊長とばったり出会った。
先ほどまで外にいたのか少し湿ってへたった髪の毛、そしてその手に握られていた色とりどりのそれに気が付くと声をかけていた。

「それ、どうしたんです?」

「ん?あぁさっき近くの島に偵察に行ったんだがねい、そこで見つけたんだよい」

「一年中雨が降る島でしたっけ、だったら納得ですね」

「この花、知ってんのかよい」

島で見つけたものの初めて見るそれをいくつか持って帰り図鑑で調べてみても情報はなかったらしい。

「えぇ、私の故郷では紫陽花と呼んでいました、見た目はまったく同じですね…懐かしいなぁ…」

小さな花が集まり、球状になった紫陽花は日本ではそう珍しくもなかったし、雨ばかりの梅雨の時期の楽しみでもあった。
世界は違えどもまったく同じその花に少しだけ日本を思い出し目の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。

「…それならこれやるよい、部屋にでも飾ればいい」

「!、ありがとうございます!」

そんな私のつぶやきに何かを察したのか差し出された紫陽花を受け取ろうとしたとき、ふと前世で聞いた紫陽花の花言葉を思い出した。

「…これ、オヤジに渡してもいいですか?」

「オヤジに?」

「はい、紫陽花っていろんな花言葉があるんです。土の性質によって色が変わるから浮気心とか、心変わり、また色味が青系統のものが多いので冷徹とか冷淡といった意味もあるそうなんですけど…」

「小さな花が集まって雨の中でも立派に咲き誇るその姿から辛抱強い愛情や家族の強い結びつきを意味する花でもあるんです」

オヤジにぴったりだと思いません?

「…まったくだねぃ」

ふたりで顔を見合わせると、どちらからともなく笑いがこぼれる。
花瓶はどうしようか、イゾウあたりがいいものを持っていそうだ
それならビスタに頼んで花が長持ちするような生け方を教えてもらおうか

オヤジはきっと喜んでくれるだろう

そしてきっと大切にしてくれるだろう

この船の家族の絆のように





ああそれから、午後から空いてるかよい
午後ですか?はい、特にやることもありませんけど
それじゃリンと一緒に濡れない格好に着替えとけよい
え?
紫陽花、咲いてるとこ連れてってやるよい!
雨の中のデートってのも粋なもんだろい
デッ!?

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