□一ノ姫仮
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虚夜宮の天蓋の上で、一護は因縁の十刃、ウルキオラと戦っていた。どんなに圧倒的な力に打ち伏せられようとも、どんなにその身に傷を負おうとも、一護は斬魄刀を握り続けた。そこに、護りたいものがあるから、一護は刃を振るい続けた。
その様子を、桜と八雲は息を潜めて視界に収めていた。そのことが、吐き気がする程許せない。

「……ここまで来てほんとに何やってるんですかね」
『……本当にね』

一護を助けに来た訳じゃない。ただレールをなぞっていただけ。それが、こんなにも愚かしいと認識する。何をしているのだろう。何がしたいのだろう。運命のせいにして、考えることもしていない。けれど何も考えていないわけではない。地面に拳を何度も打ち立てて叫びだしたくなる。これは自分ではないのだ、と。

「けど今手を出して、一護くんが踏むべき段階をすっ飛ばしたらきっと先に進めなくなるから、っていうのは言い訳ですかね」
『…貴女がそういうの』
「隊長はいつもそう自戒するんですから、今回くらいは私が言います。貴女はもう背負いすぎなんです。なんでもかんでも自分のせいにするのは悪い癖ですよ」

きっと自分を赦す事はない。それでも、少しでも明るい先へと進むために、いつでも選択し、いつでも捨てる。その覚悟はもうしているのだ。今更何を揺れる必要がある。

『……そう、だった。私はもう、迷わないでいなければいけない。最後を選び取る為に』

そうしなければ、迷いながら、耐えながら戦う彼らに申し訳ない。だから、これも選択だ。
ボロボロの一護が、地に伏せ、追ってきた織姫と石田の前で、ウルキオラによって胸に孔を空けられる様をただ見守る事も。

「たすけて黒崎くん!!!」

虚のような出で立ちとなった一護がただただウルキオラを滅するために攻撃し、味方がいるのも理解せず周囲を巻き込みながらウルキオラを追いつめるのを見守ることも。

「貴様に敗北した俺に最早意味などありはしない。やれ」

ただの選択だ。

『…行きましょうか』
「ですね」





豪速が飛んできて避けた聿影の頬に一筋の傷が走った。視線を向けた聿影の目には血管の浮き出た赤黒い巨大な上腕が写っていた。

「(…なるほど。二段階の変化か)」

何が彼の琴線に触れたのかは定かではないが、確実に何かが彼の箍を外したらしい。解りやすくキレているレス・イーラはキレる前とは格段に力の強さも霊圧の高さも段違いだった。

「避けるとは何事ですかな蠅のように飛びまわってからにいい加減にしろと某もキレますぞ!!」
「もうキレているのではないか」

そう答える聿影は、その声音と同じく内心も凪いでいた。この程度で狼狽える程零番隊三席は軽くない。鎌鼬の短い刀身に己の斬る敵を映し、聿影は息を吐いた。相手が激昂しているのなら、己は殊更冷静になる。いつも閑かだった、あの人のように。

「貴様だけにかかずらっていられるほど暇ではないのでな。さっさと終わらせてしまおう」
「どこまでも不遜な輩ですなぁぁぁ!!!」

明らかな挑発でもあった。それでも乗って来たレスは例え冷静さを失っても圧倒できるという自信があるのだろう。確かにこの霊圧ならある程度力でゴリ押しも可能だ。それでも、相手が風臣聿影でなければの話だ。

「(愚かだな)」

またもや豪速が飛んできた。それでも、聿影には緩やかな優しい速度でしかない。だがそこに不穏な気配を感じて距離をとる。すると彼女の頭のあった位置をレスの牙が通り過ぎた。

「…食べられる気は毛頭ないな」
「某も腹を壊しそうな自分を食べる気はありませんぞ!ただ某の牙は特別性であるため、ただの攻撃手段となります!!」

確かに鋭いその牙は一度喰いついたら離れないだろう。近づくのは得策ではない。とは誰でも考え、攻めあぐねる。だが、聿影には関係ない。そもそも死神には関係ない。

「結局この程度か」
「なんですと!?」
「私もその霊圧のせいで慎重になっていたが、その必要も無かったのだ。歪みを恐れて動けなくなっていたが、時が来れば何も問題ない。むしろ、大胆になればいい」
「何を言って」
「確かに貴様らは強いのだろう。護廷十三隊には荷が重い。だが、我らの敵ではないのだと、今解っただけだ」

そもそも零番隊と護廷十三隊には絶対的な違いがある。呆気なさすぎると感じても、これだけの差があるのは致し方ない。だが、聿影のただ納得しただけの言葉に、レスの怒りが頂点に達するのは当たり前だった。

「いい加減にしろぉこの愚か者ぉぉぉぉぉぉっ!!!」
「愚かはどちらだろうな」

林のように多様ではない聿影でも、これぐらいはできる。それを考えなかった時点で勝敗は決まった。

「風刃花吹雪!!」

速度で右に出るのは瞬神ぐらいであろうと言われる駿足の聿影は、瞬時にレスから距離を取り、刀身の短い鎌鼬を凄まじい速さで何度も振るった。その振るった刃先から刃の形の風が飛び出し、

「風の刃に呑まれて消えろ」

花吹雪のように舞う風の刃にレスは声も出せずに呑まれて消えた。





一護はただ己の敵を殺すために、消し去る為に動いていた。最早上体だけとなったウルキオラを塵のように放り投げ、そのウルキオラだったものにさらに刃を突きたてようとするのも、最後の最後まで塵にする為。それでも、もうそれ以上は石田でなくても止めるだろう。だから

「…も『もうやめなさい一護』!」

彼が止めをさすのを止めるのは自分の役目だと、彼女は彼の腕を掴んだ。石田は突然目の前に現れた桜に目を見開いた。今の今まで霊圧も気配も感じなかった彼女は凪いだ目をしてそこに立っていた。

『貴方は死神代行であって人間よ。そしてこれ以上は死神であっても犯さない領域。やめなさい。戻って来られなくなる』

刃を突き立てんとする一護の力はどんどん強くなる。それでも桜の腕が揺れる事はない。ここで揺らいではいけない。彼が戻ってくると、信じているから


『帰って来て。一護!』


ギャン


「黒崎くん!!」
「黒崎!!」
「はーい。アンタはここまで」
「ちっ。最後の最後で貴様に邪魔されるとはな」

桜の声に応えるように、一護の顔を覆っていた仮面は音を立てて割れた。そしてその一瞬前に一護の首を掻き切ろうと飛び込んで来たウルキオラの剣は八雲の刃に阻まれていた。ウルキオラの超速再生を読んでいた八雲はハッと鼻で笑う。

「アタシたちはね、状況と時間を読んで動いてんだよねぇ。いつでも全力でいられるほど万能じゃないんで」
「……違うな。捨てるものと捨てないものを上手く隠しているだけだ」
「フン。まぁそうとも言うかもね」

剣を弾き飛ばした八雲はチラッと倒れ込んだ一護に視線を向けた。胸に空いた孔がある限り彼の、彼らの命はもうないはず。しかし


ドン


「…こっちも超速再生か」
「…孔が…塞がった……?」
「…く…黒崎……くん…?」

涙を溜めて倒れる一護の傍らに膝をついた織姫は彼の体に手を触れようとした。だがそれよりも前に、一護は腕で勢いよく体を起こした。それを見て桜は頬を緩めた。戻って来たのだ、彼が

「…俺は…………!?胸に孔を…あけられた筈じゃなかったのか……!?」
「黒崎くん……」
「井上…無事か……石田!」
「僕も無事さ」

混乱する一護に背を向けて、桜は満身創痍であるはずのウルキオラと対峙した。あの時相対した絶大な力を持った破面の姿はどこにもない。

『もう終わりね』
「…そう思いますか」
『それは貴方自身がよくわかっているはず…とも思ったけれど、あの状態で一護に斬りかかってきたものね。思う程ダメージを受けていないの?』
「…ウルキオラ…!」

彼に気付いた一護がその姿に驚いていた。それもそうだろう。一護はあの仮面の時の記憶はない。そしてここまでウルキオラを追いつめたのはあの仮面の時なのだから。左翼と左腕、そして左脚の無くなったウルキオラの姿は一護に衝撃を与えていた。

「てめえの左腕と左脚を……斬り落としたのは……俺か…?」

答えないウルキオラに一護の視線が雨竜、八雲、そして桜に向かうが誰も答えない。その沈黙の中、一護は驚くべきことを口にした。

「だったら俺の左腕と左脚を斬れ」
「んな!」
「さっきまでてめえと戦ってたのは虚化して意識の消えた俺だ。あれは俺じゃねえ。勝負をつけるなら今のてめえと同じ状態にならなきゃ対等じゃねえだろ…!」
「黒崎…!お前…何を言ってるか解ってるのか…!」
「(青いなぁ。砕蜂が聞いたら激怒するだろうな)」
『……』

自らを斬れという一護。それはスポーツでなら成り立つのだろう。けれど命を賭けた戦いの中でそれはただの愚策だ。どんな状態でも、何があっても、それが敵を倒せるのであれば何を利用しても遂行すべきだと、戦いに身を置いた者たちは理解している。けれど一護には分からない。虚を倒す指南をルキアに仰いでいる時も、背後からの戦い方に不満を持っていたのを今でも覚えている。

「―――いいだろう…それが望みならそうしてやる」

当然受け入れるウルキオラに桜は斬魄刀に指をかけた。何を言われようとも、恨まれようとも今ここで彼を斬る。そう覚悟を決めた。しかし、それは必要のないことだった。

ウルキオラの翼が塵となり始めた。

「………ちっ……ここまでか。殺せ」

呆然とする一護に、ウルキオラは続けた。彼の体は徐々に塵と化していたが、彼の声音はゆるぎない。

「早くしろ…俺はもう歩く力も残ってはいない…今斬らなければ勝負は永遠につかなくなるぞ…」
「…断る」
「………何だと?」
「…イヤだって言ってんだ…!」

対して一護の声音は震えていた。彼らしい、想いが込められていた。きっとウルキオラに勝ちたいという想いは、ただ敵を倒したいという想いとは異なっているのだろう。

「…こんな…

こんな勝ち方があるかよ!!!」

それでも、人間を害し、死神を打ちのめす絶大な力を持った破面の一人であることには変わりはない。だから桜は、このまま彼が消え去るのを待つばかりではなく、この手で止めを刺すことも躊躇ってはならない。

「―――ちっ……最後まで…思い通りにならん奴だ……」

彼に散々苦い思いをさせられてきた。幾度となく傷を負った。今の今、一護は殺されていたはずだった。だが

「…けど…!」
「…ようやくお前達にすこし興味が出てきたところだったんだがな」
「……!」

彼が変えたのかもしれない。何度も見てきた。

『(死神の慣習も、凝り固まった思想も変えた。仮面の軍勢の意思すらも)』

なら、見てみたくもなる。破面の行く末を、変える瞬間を

「…貴女のことを、もう少し知ってみたかったのですが…」

これは、賭けだ。


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