□一ノ姫仮
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雛森が、乱菊が、檜佐木が、その巨躯に蹂躙される様を見せつけられても、桜は動かなかった。否、動けなかった。拳を握りしめ、歯を食いしばる。不規則に痛みを伴う鼓動が桜を苛んでいた。だが、肌を撫でる霊圧が教えてくれる。

「…まったく、情けないのう」
『…貴方が動くの?』
「そうせざるを得ん。おぬしは待っておれ」

その背中は、何千という隊士を背負い、堂々と、敵を殲滅せんと、そこにあった。

「……………や…山本……総隊長……!!」

乱菊と雛森が当初相手をしていた三人の破面の左腕で創った異形の化け物は、乱菊の脇腹を指で毟り取り、一撃で雛森を叩き伏せた。さらに助けに入った檜佐木と射場を圧倒し、乱菊と雛森を治療していた吉良に迫っていた。
そこへ、静かに、その化け物の左胸に孔を空けた山本は吉良の前に佇んでいた。

「やれやれ…総隊長を前に出させるとは……情け無い隊員達じゃの」
「も…申し訳ありません…!」
「ほれ。それがいかんのじゃ」

山本の苦言に居住まいを正す吉良。彼に山本は敵から目を離さず静かに口を開く。

「儂に頭を下げる閑があったら敵をよう見んか」

そうして敵は穴が空いて血が噴き出す胸を叩きつけながら雄叫びをあげた。目を背けたくなるような形相だ。

「…そんな……!あの状態で……死なないのか……」

思わず慄く吉良は息を詰めた。山本は、口調こそ穏やかだがその眼光を鈍く光らせた。

「…ふむ……どうやら仕置きが足らんようじゃの」

異形は咆哮をさらに強め、目を血走らせた。胸から右腕を膨張させ、その巨躯をさらに巨大にして敵をその眼で捕らえると、恐るべき速さで山本へと迫った。山本の痩身はその巨大な掌に握りつぶされる、かと思われた。

「何じゃ。届いとらんぞ」

彼は異形の腕に手を置き優しく声をかけた。宥めるように、幼子を相手にするように。しかし異形は声を発することも無く、ただ己の敵を排除する動きをするだけ。

「人を…殺す事しか考えられぬ物の怪か」

咆哮が轟く。しかし山本の目にあるのは愚かな異形に対する憐憫。

「哀れ」

彼の杖が形を解き、現れたのは本来の彼の斬魄刀()。振るう様を見せず、しかし厳かに力強く、敵を屠る言葉を放つ。


「流刃若火 一ツ目 撫斬」


その言葉が刃を形作るように、異形はその身に縦一文字を刻んだ。それでも蠢く異形を、衰えぬ眼光で射抜いた山本はその業火で消し炭にした。それを桜はただ見届けた。噛み締めるように呟く。

『ここまで…きた…』





思わずため息が漏れた。そんな場合ではないというのに。

「随分と余裕だなぁテメェ!!」

「うっせーな。ついだよつい」

敵にまで指摘される始末。それでも、周りの霊圧の揺らぎにため息を吐かざるを得なかったのだ。

「ハッ。死神ってのも大した事ねぇなぁ。まさか十刃ごときにあんなにやられるとはよぉ」

隊長格が劣勢を強いられている。そう認識して余りある状況だ。少なくともこの後控える戦いはこの比ではない。それを分かっていないとしか思えない。だが、

「ナメんなよガキィ。テメェに言われる筋合いねンだよ」

他人に言われてハイそうですと頷くほど篝火は薄情ではなかった。

「オラァァ!!」

覇気のこもった太刀筋はグラウトの左肩から腹までを掻っ捌き、血飛沫が上がった。それまで小さな傷をつけ合っていただけの斬り合いが嘘のようだった。

「な、なんだと…」
「俺はよ、ぶっちゃけこうして刀使って戦うのが好きじゃねンだよ。いや、俺だけじゃなくてアイツらもな。だからテメェに合わせて、鈍くやってたに過ぎねぇ。わりーけど俺の力を履き違えてた時点でテメェの負けは確定してンだ」

「んだとぉ…!」

こんなものではない。己の力は。言うのは簡単だ。それでも自信を持って言える。卍解を使うまでも無く、目の前の男を斬ることが出来ると。

「おら、さっさとかかってこいよ。藍染が余裕ぶっこいて待ってやがるんだ。さっさとおわらせねぇとな」

「ふざけんなぁぁぁ!!!」

挑発に容易くのるグラウトの猛禽類のような目が怒りでか真っ赤に染まる。荒い息を掃出し、蒸気を上げるグラウトは苛立ちを表すように地団太を踏む。

「テメェの思い違いを正してやる。この俺様が完膚なきまでに叩きのめしてやる…跡形も無く消えろぉぉぉぉ!!!」

「……だぁから…

俺様って言うんじゃねぇよ」

その言葉は、あの人の専売特許なのだから

「もうテメェの顔は見飽きた。それに引き延ばすのもうんざりだ」

随分と冷めた物言いなのは分かっている。だが、これ以上先延ばして傷を作るのは御免こうむりたいのだ。自分は、自分だけのものではないから。

「じゃーな。テメェは大して面白くも無かったぜ」

「きさまぁぁぁ!!!」

篝火の持つ斬魄刀「焔紅蓮」は刃を炎が包むが基本は直接斬りつける攻撃だ。だから敵の懐に入る必要がある。
聿影には劣るけれど速さもある。こんな時、ふと思うのだ。きっとあの人も、そうなのだろうと。
斬りかかって来た分かりやすい太刀筋を右に躱し、躱しがてら左腕を斬り飛ばす。さらに激昂するグラウトを鼻で笑い懐に飛び込み、焔紅蓮を強く握って篝火は

「…じゃーな。炎の世界に沈め」

刀身で強く貫いた。

「が…ぁ」
「うへぇ。やっぱ簡単だったわ」


肉の焼ける不快なにおいがする、ような気がして篝火は顔を顰めた。


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