学園アリス
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―――…パン、パンパン!
そんな音が聞こえてきた。そう、これは体育祭の始まりの音。
「五月晴れー!絶好の体育祭日和!!」
蜜柑の嬉しそうな声がどこか遠くから聞こえた気がしたが、生憎側へは行けない。
「クス、相変わらず煩い子ね」
「……先輩、」
「それにしてもあのガキ、安藤翼が危力系へ移った事すら知らないのね」
滑稽だとでも言いたげにクスクスと笑う月先輩を小さな声で窘めると彼女は肩を竦めさせた。が、やはり少し近い距離にあるからかことあるごとに蜜柑に黒い視線を送っている。
『はぁ……月、』
「やだ、怒ったの?愛美」
『別に……』
何だか自分が大人気ないみたいに返され、あたしはふてくされながらも蜜柑の方へと歩み寄った。
『おはよう、蜜柑』
「あ、愛美!おはよう!」
『昨日は大丈夫だったんだね』
「そうやねん!あの後体質系代表の人が助けてくれてん!」
『体質系……五島先輩が?』
「うんっ!」
まさかの登場に面食らってしまう。彼は高校長、つまり一兄側の諜報員だ。まあそんな彼が蜜柑を助けた事に疑問はないが、あまりのその行動の早さに驚いてしまった。
そうやって思考に体を預けていたら、いつの間にか蜜柑と棗の仲が険悪なムードに。
「……心配されんのも迷惑なのかよ」
棗はただ真っ直ぐに蜜柑に問いかけた。けれど、それに頷く術を蜜柑は持っていない。
「めっ…………迷惑や」
棗に反して俯いて返事した蜜柑に、棗はそーかよ、と一言返して月先輩の元へと帰っていった。
開会式が終わったことにすら気づかなかった蜜柑を委員長が呼びかけた。そこからどんどんと競技が行われていく。
「おーい、愛美ー」
『はーい…何ですか?殿内先輩』
ハードル走から帰ってきて早々"学園合同障害物競争出場者 控え"と書かれた看板の前に連れてこられた。
……嫌な予感しかしないんだけど。
既にいたメンバーの中には蜜柑もいて、その様子を端から見ているとどうやら蜜柑もたった今聞かされたみたいだ。
「愛美、お前もこれな」
渡された紙には出場者のメンバーがズラリと書かれてあり、勿論あたしの名前も書いてあった。
『はあ!?いや、ちょ、まっ…!聞いてない聞いてない!嫌だ嫌だやりたくな、』
まるで駄々っ子のように嫌がるあたしに、昴ちゃんが此方に近づいてくる。すると彼は座り込んでいたあたしの目の前でしゃがみ込むと、眼鏡の奥に潜む瞳をあの幼い頃のようにうるうるとさせ、
「……どうしても、駄目ですか?…愛美お姉ちゃん…。僕、愛美お姉ちゃんの活躍する姿、見たいです……」
誰にも聞こえない程度の声でしゅんとする昴ちゃんのその姿に、あたしは悶えていた。
『(駄目だ、駄目だ駄目だ!これで頷いたら終わりだ、あの悪夢のような競技に出なければならなくなる!ここは我慢、我慢だ愛美!)』
必死に我慢しているあたしに昴ちゃんはもう一息と踏んだのか、下を向いてクスリと笑うと今度は下から覗き込むようにして口を開いた。
「……駄目?愛美ちゃん……」
『よし分かった出よう』
一発KO。うん、分かってたよこうなる事なんて。
あああ、と頭を抱えたあたしに昴ちゃんは可笑しそうに笑う。
「変わってませんね、愛美先輩は」
『……誰のせいだ一体!しかも先輩に戻ってる!』
「いつまでも言うわけないでしょう…ほら、もう始まりますよ」
文句垂れるあたしの背中を押す昴ちゃんの手は、確かにあの頃とは全く違っていてそれは男の手だった。
『……行ってきます』
「…はい、行ってらっしゃい」
気丈に振る舞い、あたしは秀ちゃんたちの元へと向かう。
「愛美、お前は紅組Aチームだかんな」
『はーい…何走者ですか?』
「2」
『…はーい』
ああ、もういやだ。
スタートの合図が鳴り響き、一走者の人たちが一斉に走り出した。
蜜柑は初めての事に戸惑いつつも必死に走っている。そんな蜜柑に追い討ちをかけるのがジンジンこと神野先生。
その怖さに蜜柑は大玉にゴロゴロと豪速球でやってきて、そのバトンを神野先生に渡した。
泣きつく蜜柑を慰めるのは、決まって翼先輩。
「あー、」
『っ、よーちゃん!お疲れさま!』
幽霊が玉を持ち、その上に乗りながらやってきたよーちゃんからバトンを受け取り、私も足を踏み出した。