マギ

□桃花ーtaohuaー
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空、晴天。
昨日まで降っていた雪が止み、久しく太陽が顔を出した今日この日。
煌帝国の繁栄のため、遠い異国で戦っていた兄上が帰ってきた。
右の膝の下から先が無くなり冷たくなった、変わり果てたお姿で。

「兄上……。」

私には兄が三人いた。
亡くなられたのは二番目の雄(ユウ)兄上。
雄兄上は異国の兵士を討伐するために作られた大隊の長に任命されていた。
本来は雄兄上は異国に行く必要はなかったのだが、指揮を執るよりも自分が戦いたいという性分。
そう常々よりお話していた。
それはこのように死んでもいいと思ってのことか、はたまた自分が死ぬはずがないという自信だったのか、その本意は分からず仕舞いだ。


そもそも私の家は代々将軍の家系であった。
父上は煌帝国に仕える兵士を束ねる、最も位の高い将軍様。
長男の稟(リン)兄上は一番の大隊をまとめる大隊長。
末兄の豪(ゴウ)兄上は稟兄上の大隊の中にある中隊の副長を務めている。
私はというと、ただ家で父上と兄上方の帰りを待つだけだった。


雄兄上が帰ってきたその次の次の日、盛大に葬儀が行われた。
大隊長こそ亡くなってしまったが煌帝国は異国の制圧に成功した。
雄兄上亡き後に指揮を執った副長は、雄兄上のお陰でこの国が勝ったのだと、そして犠牲者が最も少ない戦争であったと、そう雄兄上を称えた。
父上も、他の将軍様も、雄兄上を称えた。


でも、雄兄上は亡くなったのだ。




葬儀の後、私は父上に話があると、父上の前で正座した。

「父上、お願いがあります。」

「なんだ。」

その場には父上の他に、兄上方と母上もいる。



「私に、剣を教えて下さい。」



「お前に……剣を……?」

思った通り、全員が驚いた顔をしている。
私は頭を下げた。

「お願いします!
私にも剣を教えて下さい!」

お願い、というよりも土下座しているみたいになってきた。
少し違うかな、と自分で思いつつも、私は父上に聞き入れて貰えるまで頼み続けるつもりだった。

「だめだ。」

上から降ってきたのはやはり、否定の言葉。
しかし私はそれに対しても同じ言葉を繰り返す。

「どうか、私にも剣を教えて下さい!」

と。
何度か同じ会話を繰り返すと、そこに稟兄上も加わった。

「まあまあ父上。
そのような会話を続けても平行線ではありませんか。」

そして稟兄上は私の方を向く。


「ねえ桃(タオ)、お前はどうして剣を教わりたいんだ?
剣はとても危険だ。
雄雄(ユウユウ)は我ら兄弟の中で最も優れた剣士だった。
その事は知っているね?
いや、それどころかこの国にいる優れた剣士を挙げた時、5本の指には入るだろう。
その雄雄ですらこのような結果になってしまった……。
それを知った上での懇願であるなら、それ相応の理由があるのだろう?」


私は頷く。
そしてギュッと自分の着物の裾を握りしめた。


「雄兄上は生前…私に剣を教えてくださいました…。」


私は初めてそれを言った。
それを聞いて父上と稟兄上は驚いていたけれど、母上と豪兄上は気付いていたらしい。
驚いてはいなかった。

「何故雄雄がお前に?」

父上に問われる。

「以前雄兄上が剣の稽古をしていた時、私はそれを見ていたのです。
そうしたらなんだか私もやってみたくて兄上にやらせてくれとせがみました。」

「…雄雄は拒まなかったのか?」

「いいえ。
最初は渋ったお顔をされていましたが、兄上が稽古を終えられた後、私にも稽古をつけていただけました。」

「何故稽古をつけたのだ?」


「『俺にいつ何があるかわからない。
それは父上も、兄上も、雄豪(ユウゴウ)も。
もしもそんな日が訪れた時、お前が母上を守れ。
そしてこの家を守れ。』そう仰られました。」


「雄雄がそんなことを…。」


「はい。
その時はただ稽古をつけていただける事が楽しかっただけでした。
でも雄兄上が亡くなった今、その時の兄上の言葉が思い出されるのです。
ですから父上、私に剣を教えて下さい。」


私はもう一度頭を下げた。
そうしていると、涙が溢れてきた。
下を向いているからか、たくさん溢れてくるせいなのかはわからない。
でも、兄上を思い出してしまった涙であることに変わりはない。

「父上!」

黙ったままの父上に、豪兄上が言う。
足音しかわからないが、恐らく豪兄上は私の後ろへ移動して座った。

「桃に剣を教えてやってください。
父上がお忙しいのもわかっています。
でもこいつ、ほんとに筋がいいんです。
父上や兄上方のようにはいかないかもしれないけれど、俺も桃に稽古をつけてやります。
だから、俺からもお願いします。」

「豪兄上…。」

「父上。」

前を向けば稟兄上も父上の方を向いていた。

「桃に稽古をつけてやってください。
俺も雄豪も協力します。」

「雄稟(ユウリン)…。」




こうして私は父上や兄上方から剣の稽古をつけていただけるようになった。
この時の私は齢10。
この5年後、剣のおかげで私には転機が訪れた。



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