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□愛されているのは、誰?
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「あのさ」
普段は無口で大人しくて、誰にでも心優しい九十九が、
「・・分からないの?」
なぜ自分の上に、覆いかぶさっているのだろう。
ルカと別れてから、夕月は鼻歌でも歌いたくなる程機嫌よく、黄昏館内を歩いていた。
ルカが、綺麗だったからと摘んできてくれた花をくれた。
耳にさしてくれ、キスをされると、胸が甘酸っぱく弾けそうになった。
恋人同士になったばかりで、まだキスよりも先はしていないが、ただ一緒にいるだけで、夕月は充分嬉しいのだった。
自室に入り、ベッドに腰かけ、まだ煩い早鐘を打ち続けている胸に拳を置く。
こんなにも誰かといるだけで幸せだなんて。
「夕月、入るよ」
ノックとともに、九十九が部屋に入ってきた。
コーヒーを机に置いて振り返った彼は、夕月の姿を見た瞬間、僅かに顔を顰める。
その微妙な変化に、未だ冷静さを取り戻せていない夕月は気付かない。
「・・それ、どうしたの?」
「え?あ、これ?」
耳にさしてあった花を指さされて、夕月は照れたように笑った。
「ルカに、もらったんです」
「・・ルカに」
「はい。黄昏館の近くで摘んできてくれたらしくて・・」
「・・あのさ、夕月」
「え?」
そして、冒頭に戻る。
あっという間に、ベッドの上に押し倒されてしまっていた。
上にある九十九の顔は、どこか怒っているようだった。
自分が何かしてしまっただろうか。
夕月は慌てて考えを巡らすが、分からない。
「ルカが好きなのは、夕月じゃなくて、前世の『ユキ』なんじゃない?」
「え・・」
言われた言葉は、酷いと感じるよりも前に、確かにその通りだと納得できるものであった。
なぜルカが最初から、自分を好きでいてくれたのか。
それは、前世の自分と恋人同士だったからであって、今の自分が好きなわけじゃないのではないか。
「・・夕月は、騙されてるんだよ」
「九十九くん・・でも・・」
「俺にしておけばいいのに」
耳元で囁いて、九十九は夕月に口付けた。
それを拒めなかったのは、ルカへの疑念があるからだ。
騙されていたつもりはない。
けれど、もしかしたら、本当に今の自分ではなく――・・
触れるだけのキスの後、九十九は素早く立って、
「考えておいて」
いつもの優しい笑みを浮かべる。
「俺は『今の』夕月が好きなんだから」
部屋の扉が静かに閉まる。
夕月が座り直して俯くと、いつの間にか落ちた花が、寂しくそこに佇んでいた。
◇続編を書く予定です。