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□僕が知らない僕
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家族の温かみも知らなかった自分が、恋人のぬくもりなんて分かるわけがない。
夕月は黄昏館の廊下を小走りで駆け抜ける。
目にしみる程の橙が、庭の木々も廊下も、全てを覆い尽くしている。
時折吹き抜ける風は、涼しく心地よいはずなのに、なぜか今は生ぬるい。
誰かが近くにいる。
絶対的な絆、と呼ぶべきもの。
それに慣れない夕月にとって、ルカの不意打ちのようなキスは、驚く以外の何ものでもなかった。
「何で・・したんだろ」
キスと言うのもどこか恥ずかしくて、俯く。
九十九といつものように、居間で親戚としての「スキンシップ」をしていた夕月は、突然ルカに腕を引かれ、別の部屋に連れて行かれると、いきなりキスをされたのだ。
一瞬。
触れるだけのキス。
子供騙しだと言われれば、間違いなくそうだと思われるもの。
それでも、あれは立派なキスだった。
焦った顔で口付けてきた。
まだ、あのルカの顔がクリアに思い浮かぶ。
咄嗟すぎて、目を閉じることもできなかったのだ。
「何で・・」
以前から、戒めの手達と話した後は、機嫌が悪くなっていたルカ。
それがなぜだかなんて、深く考えたこともなかったけれど。
「もしかして・・」
そんな、自惚れだ。
あんな・・あんな人が、自分を、だなんて。
「ありえない、よね」
自分を納得させるために、幾度も小さく頷く。
それでも、鼓動の速さは戻らない。
顔の火照りも一向に冷めない。
ふと、水溜まりに浮かんだ自分の顔を見つける。
そこにあったのは、自分とは思いがたい自分。
まるで自分じゃない自分。
慌てて天井に視線を移す。
何にもない天井なのに、ルカの顔が浮かんでくる。
「・・・バカ」
嫌いな自分。
大嫌いな自分。
それを好きになりそうになった瞬間が、こんな顔だなんて。
他でもない。
自分が一番、認めたくない。
◇夕月ちゃん大好きです。