日常生活

□すれ違う針の音
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※天野月/花たん「CLOCKWORK」イメージ。






――聞こえてくる 自分の生きる音。

――もうこの音は、お前と重なる事はない。






あの時、俺はお前の時を狂わせた。

お前の未来を狂わせて、色を、光を、奪ってしまった。

それだけでも許されない事なのに…



『千歳がテニスを始めた』




また、お前とテニスをしたい。もう一度、お前と試合がしたい。

ただそれしかなくて、俺はテニス部に入った。

まともに謝っていないんだ。お前を傷つけたのに。

だから、また一緒にテニスが出来ると信じて、前に進んでいる。



…そう思っていた。だが、狂っていたのは俺の方だったんだ…。






「千歳ー! もっかい試合やろー!」
「今日はアカン。一回きりって言われてたやろ。」
「イヤや〜、もっかいやるーっ!」

コートに響く元気いっぱいな声を聞いて、千歳は穏やかに笑い返した。

「すまんね金ちゃん。また次ね。」
「〜〜〜っ、…分かった。」
「ん。」

そんなやり取りを白石含むレギュラー陣は見つめていた。

「金ちゃん、最近大人しくなってきたな。」
「ただ元気なだけやなくなってきたな。」
「少しずつ大人になってるんよ。」
「喜ばしいっちゅー話や!」

遠山は千歳と戻ってくると、財前が用意していたタオルとドリンクを千歳に押しつけるように持たせる。

「千歳、飲みモン!」
「ん、あんがと。」
「こっちにタオル!」
「大丈夫、見えっとよ。」
「…あの金さんがこんなエェ子になって、アタシもう泣けてまうっ!」
「小春、俺らの教育は間違っとらんかったな!」
「そうね!」
「お前らだけで育てたワケやないやろ!」

そんな和気あいあいとした場に、またふわりと笑う千歳。

「ほんにありがと。」
「目はどうや?」
「今は落ち着いとるよ。」
「さよか。」

少しずつ目の動きが鈍くなっているのを、互いに分かっていて普段通りに過ごす。
千歳にはその気遣いが本当に嬉しくて、…気付く事さえも分からなくなっている親友にどうしようもない思いを感じ始めて。
時々、自分がどこにいるのか分からなくなる。

(桔平…。)
「まーた橘の事考えとんな。」
「まだ明後日の方向に進んどるもんな。」
「心配か?」
「…………、いや、分からんばい。」
「こんままズレてくんやろか…。」

ズレる。それを聞いて、千歳は小さく頷く。



…かみ合わせがズレた歯車は、そのまま動き出す。



end.
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